ケフォフ4
かつり、かつり、貯蔵庫に近づく硬い足音が聞こえてくる。団長は息を呑んでその様子を窺っていた。
かつり、かつり、ゆっくりと寄ってくる足音が止まる。
じゃら、という音がして、貯蔵庫の扉が僅かに揺れた。鎖が巻かれていたようだ。
そして、その鎖が解かれているようだ。
「……来る!」
団長の顔が青ざめる。身構えるように一歩後ろへ下がると、きい、と高い音がして扉が開かれた。
骸骨が。
空洞の目を此方に向けた骸骨が。
貯蔵庫に。
「おらぁっ!!」
吹っ飛んできた。
がしゃぁん!! と壺だか皿だかが割れたような音が響き、貯蔵庫の中に貯蔵されていた生徒たちが一斉に悲鳴を上げる。
割れたのは骸骨の頭だった。
倒れ伏した骸骨の背後には、これまた骸骨が立っている。無数に浮いている目玉を睨みつけているのも、無数の目玉である。
ただし、長ランを着ている骸骨の方は非常に楽しそうに、笑っていた。
「なぁに食おうとしてんだ? え?」
骸骨の化け物が、骸骨の化け物の後ろから貯蔵庫を覗き込む。そして、笑みが消えた。
貯蔵庫の中で消耗しきっている人間たちを見て。
狂骨仙太郎は笑顔をなくした。
「……なんだよ、つまんねえな」
淡々とそう呟いて。
「つ、つまらないだと……!?」
それに唖然としたのは自警団の団長である。詰め寄るように仙太郎に近づくと襟を掴み、引き寄せた。
「貴様は! 彼らが味わった恐怖を! 知っているのか!」
「興味ねえよ」
「なっ……」
真顔で言う仙太郎は、恐れを瞳に宿した犠牲者たちを見て唾を吐いた。
「こんな助かること諦めてるような虫けら共、もったいぶってねえで食っちまえよのろまカス骸骨がよぉ」
悲壮な表情で仙太郎を見上げていた行方不明の生徒たちから悲鳴のような泣き声が上がる。助けを期待していたとは到底思えない彼らは、化け物という脅威を目の前に、本当に助かる気が失せていたのだろう。
何も言い返せず、涙を零すしかなかったのだろう。
「……なんだその涙」
不機嫌そうに仙太郎が零す。
「助かりてえってか」
不愉快そうに狂骨がぼやく。
「当たり前だ! 死にたい者などここにはいない!」
正義ぶった団長の言葉に、乱暴な乱闘を好む仙太郎が、溜め息をついた。
だったら今しか逃げるチャンスはないというのに。
何をぼんやり座り込んで泣いているのかと。
「俺は喧嘩できりゃどっちでもいー……」
の。を言い終える前に。
仙太郎の頭を何かが掴む。
がしゃがしゃと音を立てて修復されていく骸骨が立ち上がり。
仙太郎の首を片手で締め上げていた。
「邪魔ヲスルナ」
地を這うような声が響く。
骸骨は目一杯、腕を振り下ろした。
仙太郎が頭から床に叩きつけられる。どごん、と重い音が響き、赤い液体が床を濡らす。生徒たちが弾かれたように立ち上がり、仙太郎を見捨てて逃げ去っていったのを、団長は呆然と見つめていた。
「おい……狂骨……」
呼びかけても返事がない。
ぴくりとも動かない仙太郎からは未だに赤い液体が流れてくる。
骸骨の化け物が、団長に向かって、ゆっくり、近づいて、くるのを。
団長は。
声もなく。
見つめるしかできな
「はははははははは!!」
「うお!?」
突如聞こえた大笑いの声に身を竦ませる団長。がばっと勢いよく立ち上がった仙太郎が頭から血を流し、それでも楽しそうに笑っていた。
目が弧を描いていた。
夜中の学園。貯蔵庫。月明かりを浴びた仙太郎の目玉がぎょろりと骸骨を捉らえる。
逆光で表情は見えない。ただ白い歯がずらりと見えているので笑っているのだろう。
「そうだよ!! おめぇだよ!! 俺はおめぇを望んでた!!」
関節が外れるような、再び入れられるような独特の音がする。仙太郎の腕が見る見るうちに白骨へと化していく。骸骨が振り向いた瞬間。
「割れろ」
仙太郎の目にも見えない拳が、骸骨の頭部を叩き割った。
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