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「#幼馴染」のBL小説を読む
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- ナノ -
五人完
 部下の手を借りてはいけない。
 千代松は方で息をしながら目の前の相手を見据えていた。
 スチール製のコンバットナイフを構えた千代松が今倒すべき相手。父である杏次郎。
 奇襲試験の際には対決する必要もなく追い詰めれば勝ちだったが、今はそうではない。きちんと戦い、勝利する必要があった。
 刃物を手にした子供と違い、杏次郎は扇子一つを持って立っている。穏やかな表情は変わらず、何度も切りかかってくる娘を見つめていた。
「はっ!」
 千代松がナイフで首を狙う。
 勢いがついたその攻撃を杏次郎はゆらりと体を揺らしただけで避けた。
 体の重心はずれていない。
 そのまま畳んだ扇子でナイフを弾き落とす。
 千代松は後ろへ飛んだ。
 扇子の追撃を避け、ナイフを数本投げつける。
 しかし杏次郎はナイフの群れを綺麗に避けると千代松の懐にもぐりこんだ。
 腹に肘が入る。
「がっ!!」
 くの字に折れ曲がった息子が転がっていくのを杏次郎はやはり穏やかに見ていた。
 千代松が跳ね起きる。
 ナイフを数本投げつける。
「同じことしたってどうにもならないよ」
 するすると潜り抜ける杏次郎が千代松の目の前に飛び出した。
 肘が。
 入らない。
「おや」
 両手を腹の前に構えていた千代松が杏次郎の腕を掴み。
 威力を殺さず投げたのだ。
 倒れる事なく着地した杏次郎を見て千代松は悔しそうに眉を潜めた。
 扇子が飛んでくる。
 バック転で避ける。
 足元の石を蹴り上げ杏次郎に向かって打ち込むが杏次郎はそれを容易く避けた。
 千代松が舌打ちをした瞬間、杏次郎の姿が消える。
 一瞬呆けた息子の背後に、父が立っていた。
「どうする?」
 穏やかな口調で問いかける父。
 左腕をねじ上げられ地に叩き伏せられる千代松。
 身動きが取れなくなった状況で、千代松は何か出来る事はないか必死に探した。
 千代松の動き全てを予測し先回りする杏次郎。
 形成を逆転するには無理にでもこの体勢を変えるしかない。
 肩の関節を外して杏次郎に反撃してもいいが、千代松はそれをやらずにいた。
 父を相手に左腕を犠牲にすればそれこそ不利になる。右腕と両足だけで適う相手ではないと千代松が一番知っているし、腕をはめなおす時間さえ与えてくれないだろう事は想像に難くない。
 だからといって考える時間ももらえないだろうと判断し、苦笑した。
 これしかない。

「参りました」

 千代松の口から飛び出ていたのは、負けを認めるその一言だった。
「……いいのかい? 取り消しは?」
「必要ありません。今の俺では父上には到底勝てませんから」
 そう、と呟いて杏次郎は千代松を解放した。
 左腕の痛みも消え、中隊長試験を受けていた本人は立ち上がる。
 心配そうな青鷺と目が合ったのに、千代松は苦く笑った。
「相手を倒せ、との事だったのにねえ」
 杏次郎が笑いながら言う。
 千代松は寂しそうに笑い、拳を硬く握り締めた。
 相手を倒せなかった以上不合格だろう。今まで支えてくれていた部下たちに申し訳が立たない。青鷺や他の三人が試験に付き合ってくれたのに勝てなかった事が、とても悔しかった。
 杏次郎の兄であり千代松の伯父である桜一郎が立ち上がる。
 つかつかと千代松の元へ歩み寄り、肩を抱いた。
「よくやった」
 耳元で優しく囁く伯父は、少し前の千代松ならば杏次郎に瞬殺されていただろう事をよく分かっていた。満足そうに微笑んでがしがしと頭を撫で回す。
 その様子に、桜一郎の三人の息子のうち上二人が安心したように息をついた。次の瞬間には千代松は動きが遅いだの読みが中途半端だの、家督争いをする相手を貶すようなことばかり言い出したので、三男は上二人を冷たく見据えていた。
 千代松に勝てない癖に、と兄に聞こえないほどの呟きと共に。

 第三試験、不合格。
 しかし、自分の実力を冷静に判断し早々に見切りをつけた潔さは高評価であったらしい。千代松には中隊の副長を補佐する五人のうち五番目の地位を、暫定的に与えられたという。
 
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