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五人1
 千代松と青鷺は犬島の門の前に立っていた。夜中の事である。
 春好たちは夜一時を過ぎると門番の任を解かれる。それ故に、門の前には誰もいなかった。
 千代松は青鷺を見る。青鷺が頷く。鳥の精霊である彼は高く飛び上がると、壁を乗り越え、門の内側へと着地した。そうして、門扉に仕掛けられている鳴子に気付く。
 素直に門を開けてしまえば鳴子が鳴り響き、侵入を知らせてしまうところだった。
 青鷺はそのまま裏へと回り込んだ。壁には鳴子が多数仕掛けられており、裏口には糸を切ると爆竹が鳴るように仕掛けられた罠が見える。
「屋根をお伝いください」
 彼は言った。
 千代松は静かに頷いた。
 肩まで手を挙げ、人差し指で壁や家の屋根を指差し、そして飛び上がる。
 千代松の後ろに控えていた三人の部下が、同じように飛び上がった。
 屋根を伝う。走っていく。途中、五人はそれぞれ別の方向に進み、行き先を被らせる事なく進んだ。
 五人全員が同じ場所に集まるのは危険極まりないからだ。
 一網打尽にされてしまうのを、千代松は座学で学んでいた。
 暗闇の中、目を凝らす。糸が張っている場所が何箇所かあるが、その全てが罠と繋がっているわけではないようだ。恐らく警戒して糸が張られていない場所に進んでいくと敵の懐へ誘導される仕組みなのだろう。
 千代松は一人廊下に降り立った。細い糸は蜘蛛のそれのようにきらきらと輝き、月光を反射していた。何処を見回しても罠に繋がっている様子はない。障子戸の向こう側に罠があっては困る、と、口に指を含み、障子紙の目立たない部分に指をつきたてた。
 子供の悪戯のような仕草に、紙は簡単に破れ、中を覗かせてくれる。罠の気配はなし。小刀で糸を切り、中に入った。戸をぴしゃりと閉める。閉めたことで作動した罠もなし。この部屋はただのはったりだったようだ。
 千代松は懐から手鏡を取り出すと、壁を蹴り飛び上がった。天井の板を外し、そっと鏡を天井裏に潜りこませ、様子を見る。
 二人。忍が潜んでいた。だが他所の方を向いている。千代松は音もなく天井裏に忍び込むと、先ずは一人、忍の背に小刀を突き立てて囁く。
「ご馳走様」
 息を呑む音が聞こえた。

 青鷺が空を舞う。ばさりと羽ばたく音が響き、その後は緩やかに池の周りに降り立った。即座に縁の下を覗き込む。誰もいない。青鷺は溜め息をついた。
「此方にどうぞ、ですか」
 忍ぶべき場所に誰もいないとなれば、これは誘導である。青鷺は平然と廊下へ足を進めた。柱と柱の間に糸が伝っている。その先を見れば小さな罠が見えた。
 にこりと微笑んだ彼は、何を考えているのかその糸を足で断ち切る。
 警報音。
 甲高い警報音が響く。
 青鷺が瞬き一つする間に、一、二、三、四……計七人の忍が彼を取り囲んだ。何処から湧いて出たのだろう。青鷺は気にせず、周囲を囲んでいる忍たちのうち若そうな一人の懐へ入り込んだ。
 下段蹴り、中段蹴り、上段蹴りを連続でかます。相手が倒れた直後、隣にいた忍の頭へ踵落としを決め込み、二人目をなぎ倒した。
「いらっしゃい」
 青鷺は言う。
 五人が一斉に飛び掛っていった。

 警報音が鳴ったのを聞き、千代松は音がした方向へ視線を向けた。足元には天井裏の見張りが二人、転がっている。
 他に何の気配もしないという事は、この通路は誘導されているものだろうか。もしそうだとしても、千代松は迷わなかった。
 最短距離をずんずん進んでいく。部下たちは今頃別ルートから攻め入っていることだろう。足音も立てずに狭い空間をすり抜けた。
 目当ての部屋の上まで辿り着く。天井の板を外し中を覗き込めば、そこには標的の姿が一つある。千代松は部屋には降り立たない。天井板をはめなおし、一つ隣の部屋へ。
 中心に降りた瞬間、標的のいる部屋に誰かが飛び込んでくる音が聞こえた。

「おや、君たちがきたか」
 標的は静かに微笑んだ。海老茶色の着流し姿で佇んでいるのは、千代松の父である杏次郎。部屋に入ってきた三人はガスマスクをつけていて顔が見えないが、千代松ではない事はすぐに分かった。
「お命頂戴いたします」
 三人が小刀を構える。
 杏次郎は両手をぱん、と打ち鳴らした。
 次の瞬間、大勢の諜報部隊たちが部屋へと入り込んできた。完全に包囲された三人に刀が突きつけられる。身動きが取れなくなった小隊の隊員に、杏次郎は静かに問いかけた。
「千代は?」
 千代松の部下は答えなかった。真っ直ぐ杏次郎を見つめている。杏次郎は、ふと気付き、傍にいる部下に声をかけた。
「お前たち、少なくない?」
 現状の部下たちが予定していた数より少ない。
 確か隣の部屋にも待機させていたはず、と視線を動かした杏次郎は、そこで目を細めた。
「……成る程」
 隣の部屋へ続くふすまが少し開かれている。そこから転がってきたのは、緑の煙を発する発炎筒。そこに千代松がいるのか、と判断し、小隊長を討ち取ろうと指示を出そうとしたとき、緑の煙の異様な様子に気付いた。
 匂い。
 花が痺れる異様な匂い。
 これは。この苦いような、化学薬品のような独特の匂いは。
「ドクダミ……!!」
 息を止めろ、と指示を出したが遅かったようだ。大半の忍が鼻をやられてしまっていた。勿論、杏次郎も。
 ふすまが開かれる。何かが転がり込んでくる。諜報部隊の服を着ている。千代松だ。杏次郎には分かったが、嗅覚が駄目になってしまっている今、部下の中に娘兼息子が紛れ込んでいてもすぐには判断がつかない。
 我が子の気配を追おうと神経を研ぎ澄ませた直後、ドクダミの煙に満ちた部屋の天井から一羽の鳥が飛び込んできた。
 刀を持って。
「杏次郎殿」
 その声に、杏次郎は苦く笑った。首に当てられた冷たい感触と、後ろにいる青い鳥。
 千代松の部下、次に千代松、最後に青鷺と、三段構えの構成で攻め込んできたのだ。
 臨戦態勢に入った諜報部隊たちを手で制して杏次郎は言う。
「おやめ。お前たちじゃ千代と青鷺君にやられちゃうから」
 気付けばガスマスクをした三人組も杏次郎を取り囲み、小刀を軽く突きつけていた。

「じゃあ、合格って事にしようね、千代」

 杏次郎が笑いながら言うと、諜報部隊に紛れて父の首を狙っていた子供がすっくと立ち上がる。そして深々と頭を下げ、安堵したように笑顔を見せるのだった。
「部下に手柄を取らせるとはねえ」
「俺が潰されても作戦は止めないよう言ってありました」
「うん、偉い偉い」

 中隊長昇格試験、その一。
 師を追い詰めること。
 簡易的にだが、合格である。
 
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