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アヤメは嫌いよショウブはお湯よ(国原文)

『菖蒲』
 そうとだけ書かれた香水が売られていて、国原は思わず立ち止まった。
 水色の文字で『菖蒲』と書かれているものと、桃色の文字で『菖蒲』と書かれているものがある。正直、無色の液体が大量に売られているだけに見えた。
「あやめ……?しょうぶ……?」
「あっ、どっちもありますよー!」
 売っている本人だろう、活発そうな女の子が国原に話しかける。
 国原は、文字色を変えるより振り仮名をつけた方が分かりやすいだろうにと言いたくて仕方なかったが、特に知り合いでもない相手に突っ込むのもどうかと思ったので黙ったままだった。
「最近、血?かな?を吐きながら追いかけて来る鬼の人が出るって噂でぇー、どっちかは知らないんですけどぉ、これの匂いが苦手らしいんですよぉー」
 喋り方にイラッと来たが、女子生徒の話を聞いて大体の事は分かった。
 血液ではなく、唾液の方だと思うのだが、思い当たる女性がいたのだ。確か、安達さんといったな、と国原は考え、壱鬼先輩には負けるがあなたも良い匂いだ、と言われたのを思い出した。
 鬼らしく、恐らくショウブだろうか、その匂いを嫌っているのだろう。
 壱鬼という名の、いかにも強そうな、逞しい学生の事も思い出し、あの二人は追いかけっこをするくらいの仲良しだったなぁ、とも思い出す。
 嬉しそうに追いかける彼女と、振り切ろうと思えばいつだってそう出来るのにしない彼。遠目から見る分には、その光景は好きだった。
(そっか……皆、こぞって買っていったのか……)
 足が速い人だから、逃げ切るのは不可能だろうけれど、何もそこまで拒絶しなくたって……と、ぼんやり物思いにふける国原に、喋り方がちょっとそういう風な女子生徒は、構わず声をかける。
「良かったらぁ、あなたも買いません?」
 ショウブの香水……菖蒲湯を思い出し、微妙に臭そうだと感じた国原は、アヤメの香水に(多分ピンク色の方がそうなのだろう、恐らく)目を向けた。
 アヤメ。
 国原菖蒲、現在の苗字は旧姓の蔵元。母親。
 こんな所でこの文字と再会しようとは。能力者に偏見を持ち、家族を捨てて逃げていったあの母と。
「あのぉ?」
「……アヤメは、嫌いなんだ」
「え〜、そうですかぁ、分かりましたぁ……」
 母親と同じ字面の、二つの香水。女子生徒の喋り方とも相まって、余計に苛立ちを感じた。
 何処まで『拒否』に特化すれば気が済むのだろう、『菖蒲』は。
 何も言わずにその場を立ち去り、胸中で呟く。
(まぁ、嗅がれるだけだし)
 彼女は壱鬼先輩という男性がいれば、そちらを優先する人だと知っている。物凄い速度で迫ってこられるのには驚くが、『菖蒲』の文字に頼って『拒否』する程の事ではない。
 そういう偏見は持たない。それが自分のモットーだと、国原は小さく頷いた。

 アヤメは嫌いだ。同じ字面のショウブはとばっちりで申し訳ないが、やはり嫌いだ。
 
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