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盗完
 七百三十日の間、月光のみを浴びせた酒を用意する。
 その酒で洗った水晶を、中心に一つ、更に中心の水晶を囲むように五芒星を描くために五つ、用意する。
 七日のうちに五芒星を完成させ、中心部で召喚者自身が命を絶てば
「晶は、蘇るんだ」
 黒い毛並みの狸は語るように告げていた。
 最初の水晶を一平屋家に送り、手順通りに北から時計回りに水晶を置いていった。
「まさかお前も、この禁術を知ってるとはね」
「いや、そんな詳しいこた知りやせんけど、阻止の仕方だけは本で学びやしたよ」
 分厚い書物に書いてあったのは、禁術の止め方のみだ。禁術そのものの方法を書いてしまえば、実行する輩が出てしまう。
 北に水晶を置かれるので、北東から南東、南、南西、北西と時計回りに陣を描いた媒体を突き立てていくこと。
 そう説明があっただけだった。
「……お前、昔から大雑把だったね」
「うっせえっす」
 黒い毛並みの、倉が微笑んだ。
「もう少しなんだよ」
「およしなせえ、晶は喜ばない」
「綺麗だったろ、あの子」
「倉」
 鋭く呼びかける軽助の声にも微笑を崩さない。
 倉の瞳は、濁っていた。
 遠くを見るような目つきで軽助を見ていた。
 そして、倉は空を仰ぐ。微笑みながら言葉を紡ぐ。
「綺麗な、綺麗な、俺の妹だったんだ」
 ポケットをまさぐる黒い狸は、指先に触れた硬いものを取り出しながら、軽助の方へ顔を向けて呟いた。
「邪魔はさせない」
 折りたたみ式のナイフを広げながら、倉は、濁った瞳のまま近寄ってくる。


「逆位置!」
 バスの中で素っ頓狂な声をあげた三男が、長男によって口を塞がれていた。
 すみません、すみません、と乗り合わせた乗客たちに頭を下げる兄を他所に、慌てた様子で日浅は告げる。
「逆位置の塔が出たよお兄!」
「静かに!」
 タロットを出鱈目にシャッフルして、捲る。
 軽助はちょっと危険、まだ大丈夫、でもちょっと危険、と曖昧な占いを繰り返していた矢先の事だった。
「逆位置の塔は緊迫を意味してる。軽助、今、緊迫状態」
「な……い、急いだほうがいいよな?」
「走る?」
「バスの中で走っても仕方ないだろ」
 目撃者の証言を頼りに飛び乗った、人気(ひとけ)のないそこを目標に進んでいくバスの中。
 人の姿をとった高際が、獣姿の日浅を抱っこしながら、困り果てていた。


 倉が振りかぶる。ナイフの切っ先が、軽助の胸を狙っていた。
 倉の瞳は焦点が合っていないまま見開かれ、口には笑みが張り付いたまま。
 勢い良く振り下ろされたナイフが
 軽助の
 心臓を庇った左腕に突き刺さった。
「あぐぅ……!!」
「お前も、晶に会いたいだろ? なあ?」
「……だ、だからって、倉がいなくなるのは、違うでしょう!!」
 びりびりと痺れる感覚に襲われながら、軽助は必死で幼馴染に話しかける。
 深く突き刺さったナイフを抜こうと力を入れる倉。
 ぬちゃ、と音を立ててナイフが自由になった瞬間、軽助の腕から血液が噴き出した。
「邪魔するなよ、そうすればこれ以上傷つけないでやるから!」
「倉が死ぬとこなんて見たくねえ!!」
 再び振り下ろされる刃物。
 びりびりと痺れる腕。
 軽助は、痺れる腕を
 右腕を
 倉の胸元に、押し当てた。

「あ」

 声を詰まらせ一瞬動きを止める倉に、蹴りを入れる。
 そして駆ける。
 倒れた倉の腹に乗り、鞄に突っ込んでいた右腕を引き抜く。
 倉がナイフを軽助の足に突き刺したが、軽助は構わず右腕を倉の肩に押し当てていた。
 右手に握られているのは、盗んできたお札。
 びりびり痺れる、悪霊退散だか、退魔だかの。
「ぐ、ぅ!」
「こんなんが効くんすか! 倉! おめえ、本当に悪鬼にでもなっちまったんじゃねえっすか!!」
 びりびり痺れるお札は瞬く間に倉の体中に貼り付けられていった。べたべたと無造作に、乱暴に、出鱈目に、四肢の自由を奪うように。
「邪魔、するなよ! 邪魔するな! 晶が! 晶が!!」
「あの子が! あの子がこんな真似、望むと思いやすか!!」
 倉の動きは緩慢になりこそしたが、止まらなかった。
 怒りに任せてナイフを何度も何度も軽助の足に突き刺し、自由に動かない体を必死でばたつかせ、晶! 晶! と何度も叫んだ。
 こんなところで!
 しっかり握ったナイフを、両手で自分を押さえている軽助の心臓目掛けて、突き立てる。

 血がだらりと流れる。

 目を見開いたのは、倉だった。
「……そこまでだ」
 ナイフの刃をしっかりと握り、掌からだらだらと赤い雫を滴らせているのは、獣を背負った青年。
「逆位置の塔! 行き詰っていたものが壊れる暗示!」
 背中の獣が声をあげる。
 桃色の服を着た青年の瞳が確りと倉を見据え、そして、口が動く。
「新しい道が、開かれる暗示でもあるそうだ、倉君」
「……高際、さん……」
「この儀式は諦めたほうがいいって、占いで出たよ! 諦めなさい、倉くん!」
 軽助の兄二人が、どうにか間に合ったのだ。
 悲しみに揺れる倉の目から、涙が溢れる。
 こんなところで。
 また、二年の間、酒を育てなおさねばならないのか。
「……くそ……」
 弱弱しい声を出し、倉は目の前にいる相手を見た。
 血まみれになり、息を荒くしている軽助が、倉を押さえつけていた。
「……軽助……」
 高際がナイフを奪い取る。その衝撃で、日浅がぐらつく。
 日浅の獣の手からこぼれたタロットが、倉の胸に落ちてきた。

「女帝、逆位置だね。愛情や感情が、過敏になってるよ……心が満たされてないんじゃない?」

 それを聞いて涙を流したのは、軽助だった。
 震える手に力を込めて、ぼふん、と煙と上げる。
 煙が薄れた先にいたのは。
 赤い毛並みの。
 狸だった。
「……あっし、狐になれねえけど……赤毛にだったら、いつでもなるから……もう……もう……死ぬなんて……こんな禁術なんて」
「軽助……」
 涙がお札に滲んでいく。
 文字が薄れ、痺れるような感覚まで薄れていく。
 はらり、と落ちた札を目で追い、そして、倉は軽助を抱き締める。
「……晶が……死んじゃったんだ……」
「はい」
「もう、会えない」
「はい」
「……悲しいよ……!」
 狐との別れを、受け入れたが故の涙だった。
 漸く、漸く受け入れたのだった。
 血にまみれながら二人で泣いた。
 声をあげて、二人で泣いた。
 その様子を見ながら日浅は言う。
「そっか」
 微笑みながら、日浅が言う。

「倉くんから見たら、正位置だったね」

 正位置の女帝。
 心から満足できる、良い状態を表す。


「……晶……きっと、倉がいなかったら死ぬまで探し回ってきゃんきゃん吠えてやしたよ?」
「そうだね……」
 帰りのバスの中、ぐったりしながら高際の膝に乗っている軽助が言う。倉が頷く。
 水晶を回収する、面倒な旅である。
 釘を突き立ててしまった色紙は返却できるはずもなく、仕方がないので書物と水晶を返却するため、儀式を行った地を奔走することにしたのだ。
「とりあえず、二人とも窃盗を働いたことに関しては説教だな」
 低く言う高際。
 びくり、と身を硬くする軽助と、おずおずと頷く倉。
「あと、軽助は俺の私物をパクりすぎな件でも説教」
「ご、ごめんなさぃ……」
「今更遅い。母さんにも言うから、二人揃って叱られること」
 うひー! と、怪我だらけの狸から悲鳴が上がった。
 おばさんに会うの久しぶりだなあ、と変な感想を抱いている倉は、叱られるのは覚悟の上なのだろう。
「ひ、日浅の兄上……!」

「正位置の死神ー。諦めたほうがいいでしょう」

「ぎゃぁー!!」
 バスが、出発する。
 
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