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盗5
 綺麗な子だった。
 幼い頃の話だ。
 黒い狸と茶色い狸が、まだ十かそこらの年頃だった頃の。
「怪我、してやすねー」
 丸くなるそれを覗き込むようにして軽助が言う。
「あんまりじろじろ見るなよ、怖がってるよ」
 黒狸は幼馴染の耳を軽く引っ張ると、綺麗な赤毛のそれを見て心配そうに言った。
「だって倉(くら)、この子痛そうなんですもん」
「手当てして、野に帰してやろう。それでおしまい」
 赤毛の狐だった。
 とても綺麗な瞳をしていた。
 化ける力はまだない、普通の……毛の色が赤みがかっていることを除けば普通の狐だった。
 黒狸の倉はいたわるように赤毛の狐を撫でる。きゅう、と声がして、その声を堪らなく愛しく感じた。
「母上の所につれていきやしょうよ」
「軽助のお母さんって手当てできるの?」
「何だって出来やすよ!」
 狐を抱き上げながら会話をする。
 狐は軽かった。子狐だろう。きゅうと鳴いた。

「痛いの、痛いの、とんでけー」
 薬を塗って包帯を巻いて、狐を撫でながら子供じみたおまじないを唱える母を見て、軽助はへらりと笑った。倉も同じく笑い、小さく欠伸をする狐を見る。
 重丸は倉の膝の上で丸くなっている狐のために小さな水晶のブレスレットを作ってやったようだ。それを前足にはめる。
 不思議そうに水晶を眺める狐は、水晶をぺろり、と舐め、味がしないので興味を失い、倉の手を前足で引っ掻き始める。
 無邪気な子狐だった。
「鉄砲の弾だったよ、後ろ足に当たったの」
 重丸が呟く。
 一平屋家の空気がぴりりと張り詰めるのが分かった。
 全て摘出しきれなかった、と重丸は狐を撫でながら謝った。ごめんね、ごめんね、と小さく誤り続けていた。
「母上のせいじゃござんせんよ?」
 軽助は笑う。無理矢理だが笑う。母の責任ではないのだから、責めるような表情をしてはいけない。
 倉は頷いて、重丸の手にじゃれ付いてきた狐を眺めた。
「悪いのは人間だよ、おばさん。人間さえいなければ」
 子狐は孤児のようだった。親狐は散弾銃の餌食になり、毛皮にでもされてしまったのだろう。
 何も知らない赤毛の狐だけがここにいる。
「守ってあげる。俺が、守ってあげるんだ」
 赤毛の狐に『晶(あきら)』と名づけた。水晶のお守りでこの子が守られるよう、名前に込めて。
 親がいない倉にとって、晶は妹のような存在だった。

 晶の瞳は黒真珠のように輝いていた。倉が捕まえてきた鼠を見て、早くそれを頂戴、と急かす様子は、まるで本当の兄妹のようだった。
 倉は鼠の息の根を止めていない。
 ぱ、と口から離せば、鼠は瞬く間に走り出し、逃げてしまう。
 獣の姿で、倉は鼻先を鼠に向けた。
 追いかけてご覧。
 そう教えているのだ。
 赤毛の狐は飛ぶように鼠を追い回し始めた。後ろの左足は微妙にびっこを引いていたが、それでも速さは申し分ない。
 あっという間に距離をつめ、鼠をかぷり、とくわえ、得意げに倉の元へ持ってきた。とても素早く、利口な狐だった。
「晶は賢いね」
 話しかけると、きゃん、と鳴き声を上げた。

 晶は艶々とした赤い毛並みの、美しい狐に成長した。
 倉の姿を見ると、きゃん、と声をあげて走り寄ってくるので、きっと、倉を現す鳴き声は「きゃん」なのだろう。
 倉と軽助は、ちょっとした悪戯を仕掛けた事がある。
 軽助が着た服を倉が着る。倉が着た服を軽助が着る。そうして、お互いに化けて晶を呼ぶのだ。
「「晶っ」」
 晶はどちらがどちらなのか、しばし迷っていた。
 そうして迷った後、きゃん、と吠えて倉の元へ走っていった。
 軽助に化けた、倉のほうへ。
「あはは! 晶は賢いなぁ!」
「ちぇー! あっし上手に化けやしたよね?」
「晶の方が賢かったんだよ」
 ちぇー! ともう一度軽助が言う。
 得意げに胸を張る晶。
 晶はさっと身を翻し、草むらを駆けていく。
 二人は不思議そうに見送ったが、暫くして晶が戻ってきた際、納得したように笑顔を浮かべた。
「はは! うまいぞ晶!」
「すっげえ! でっかい鼠ですね、倉!」
 得意げに胸を張る晶。
 きゃん、と鳴いて鼠を鼻先で押しやる先にいるのは、倉である。
「倉にお土産ですって」
 軽助が嬉しそうに笑う。
 倉も微笑んで、晶を撫でてやった。
 それを誇るように晶が、きゃん、と鳴く。
 その後二人と一匹で鼠とりの競争をしたが、一番は晶だった。
 鼠捕りを教えた倉を抜くほど上達した晶に二人揃って驚き、笑った。

 それが最後だった。

 血の匂いと弱弱しい狐の声。
 二人が駆けつけたとき、赤い毛並みの狐は虎挟みにやられていた。
 目の前には鼠捕りの罠。
 前足に水晶のお守りをつけた狐が、きゃん、と鳴く。
「馬鹿……! 俺に、とってくれなくたって良かったんだよ!」
 精一杯虎鋏みを外そうと力を込めるが、子供の力ではどうにもならない。
 引き摺っていた左の後ろ足にがっちりと鉄の歯が食い込んでいる。
 痛みと恐怖が宿った瞳は、黒々としていたが、元気な頃の輝きは失われていた。
「母上を! 母上を呼んできやしょう倉!」
 倉の腕を掴み、軽助が叫ぶように言った。
 子供二人が罠から離れて家に向かって走り出した直後。
 丁度、直後だった。

 銃声が聞こえ、獣の叫び声が響いたのは。

 きゃん!!
 
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