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狸嫁:完
 変化が得意な息子がいたな、と思い出した。
 盗みが得意な娘もいたな、と思い起こした。
 護衛の狐から元の姿に戻った中慈と、密偵狐の服をきたまま正体を現した軽助が、虚我沼の主に小刀を突きつけていた。
 軽助のほうは恐らく、密偵から服も身分証も掠め取ってきたからだろう。
「……末恐ろしいな」
 白三は薄く笑う。ゆっくりとした動作で水の刃を動かすのに、子供二人が反応した。重丸の首から離された刃は、そのまま白三の首へ近づけられる。
「……何するつもりでぇ」
 軽助の問いに、白三は笑った。決まっている、とでもいうかのように。
「重丸殿を手に入れられないのであれば、我の存在も此処までよ」

「やめなさい」

 可愛らしい声が部屋に響いた。白三の腕の中からだ。
「軽ちゃん、中ちゃん、刀を下ろしてね」
 ぱっちりと目を開けている母狸が、そっと水の刃に触れながら告げる。眠っていたのではない。狸寝入りである。
 水の刃は、はじけた。
 そのままシャボン玉のように宙に浮かび、ふわりふわりと漂い始める。
「……これは……重丸殿の、術?」
「しんじゃ駄目」
 重丸は言った。静かに言った。
 どかどかと大吉が近づいてくる。重丸を奪うように抱き締め、浚った白三を睨みつける。しかし、重丸はそれにさえ、だぁめ、と言った。
 鋭い視線から白三を守るように夫の目を両手でふさいだ。
「白三ちゃんは、妖怪の力が弱かったね」
 小刀を納めた中慈と軽助に微笑みながら、重丸は口を開く。
「だから、馬鹿にされちゃった。それで、一人ぼっちになっちゃった」
 でもね。
 えまと、みもちゃんが、いたでしょ。
 白三ちゃんの気持ちを守るために、いたでしょ。
 首をかしげて、幼い母は言った。白三は、小さく頷き、そして返す。
「だからこそ、我には貴女様が必要なのです」
「見て。えまの家族」
 重丸は白三を取り囲むように立っている夫と子供たちを指差して、ふにゃり、と子供のような笑顔を浮かべた。昔となんら変わっていない、大吉と中年の白三と、若い白三が大好きな笑顔だ。
「ここまで探してきてくれたの。助けに来てくれたの」
 どたばたと足音が聞こえる。
 儀を行う部屋に転がり込んでくる狐たちがいる。
「それが家族なの」
 手に槍や刀を持って部屋に駆け込んでくる狐たちを指差す重丸。何も言わずに彼らを指差したまま笑っている母に代わり、口を開いたのは、息子。

「……あんたにも…………いるだろ……助けに来る、存在が……」

「ま、あんたは手駒としか思っちゃいねえんでしょうけど」
「軽助、黙ってろお前は」
 大吉からの一喝に肩をすくめ、へいへい、と面白くなさそうに返す軽助は、じろりと白三を見た。ご無事ですか白三様、と声をかけられ、中慈の言葉を受け、重丸の言葉を思い返す、呆然とした様の狐を。
「……家族……」
「血は繋がってないけど、白三ちゃんにも、味方が出来かけてるんだよ。なんでと思う? あのね、白三ちゃんがいい子だからだよ」
「我は、貴女を傷つけようとしたのにですか」
「だって、えまは傷ついてないもん」
 いきなり浚われてびっくりしちゃっただけで、えまは痛いことも怖いこともなかったよ、と、重丸は言った。白三は部屋の入り口で武器を構えている部下たちを見る。誰もが白三の指示を待っていた。
「白三ちゃんは、こうして、自分の力で味方を作れるじゃない。あとは、白三ちゃんが味方になってあげれば、かんぺきなんだよ」
「……許さないけどな……」
「本当っすよ!」
 白三は、信じて、許して、狐と心を通わせる必要があった。一人ぼっちではない事に気付く必要があった。
 震える手を上げて、白三は、部下たちに向かって告げた。
「我は、無事だ」
「良う御座いました、白三様!」
「貴様ら、白三様より離れよ!」
 あぁ。
 これが、家族。
 なりかけだが、これが、味方。
 一人じゃないのだ。使い捨てではないのだ。手駒ではないのだ。
 味方なのだ。


 頬を青黒く腫らした白三は、中年の方の白三に引き取られる事となった。
 彼を真っ先に殴り飛ばしたのは、大吉
 ではなかった。
「やりな」
 軽助からの吐き捨てるような指示を受け、拳を叩き込んだのは。
「中慈」
 覚悟は出来ていたのだろう。何の抵抗もなく白三は転がり、倒れた。
 ぶっちゃ駄目ぇ! という重丸の叫びに、すいやせん、でも殴りやす! と答えた軽助が、倒れこんだ白三を無理矢理起き上がらせ、追い討ちをかけるように同じ場所に拳を叩きつける。
 貴様ら! と部下たちが声をあげる中、軽助はうるせぇや! と声をあげ返した。
「あっしらの母上奪っておいて、何の罰もなく済むと思うんじゃねぇ! てめえら全員同罪だこらぁ! ふざけんじゃねえぞおい表出やがれ!」
「……いて……」
 拳をぷらぷらと振りながら呟く中慈は、起き上がろうとしている白三に手を貸す。顔を近づけて、静かな声で彼に言う。少々、面倒くさそうだった。
「……次やったら……もっと煩くなるから……あれが」
 あれ。
 きしゃーっ!! と奇妙な声をあげている軽助。
 その頭をべしんと叩いて落ち着かせている父を見ながら、中慈は白三に向かって告げた。
「……俺も……煩く、するかも……」
「……ふふ、そうだな」
 笑うように返事をして、白三が頷く。そんな彼の肩に手を置き、話しかけたのは、中年のほうの白三だった。

「どれ、うちに来い! 貴様の味方ごと教育しなおしてやろう!」

「いい所だけ持って行きやがってこの駄目狐がぁ!」
「何だと馬鹿狸めが!」
「やんのかこらぁ!」
「上等だでか狸! 我の力を見せ付けてくれようぞ!」

「……煩いのばっかりだ……」

 呆れたような中慈に、重丸がきゃたきゃたと声をあげて笑った。
 屈託のない笑みだった。
「中ちゃん、だっこー!」
「……ん……」
 家族が元に戻っていく。
 帰ったら沢蟹とサツマイモのお味噌汁つくってあげるね、と重丸がにこにこ顔で言うのに、中慈はゆっくりと頷いた。
 白無垢姿の母は、まるで本当に花嫁であるかのようだった。


 その日。
 一平屋家と白三一派の間で、友好条約が結ばれたという。


狸の花嫁


 
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