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- ナノ -
狸嫁:4
「どわああぁぁぁっ!!」
 大吉の大きな体躯が吹っ飛んでいった。
 訪ねた先でのことだった。
「誰が、誘拐なんぞするか戯けえぇ!! 貴様から重丸殿を奪うなら実力でやっとるわ、実力で!!」
 何処かの屋敷。名前は忘れた。森の奥深くに居を構えている狐を訪ね、母ちゃんが狐に誘拐されたんだが知らんか、と大吉が口にした瞬間の出来事だった。
 玄関の扉が外れ、大吉と共に外へ吹っ飛んでいく。それを不動で見送った中慈に向き直り、白い狐が不機嫌そうに言う。
「お主は、大吉の倅か……よもや我を疑うておるまいな?」
「…………いや…………」
「見ろ、大吉! 貴様の倅の方が何倍も冷静であるわ! この馬鹿狸めが!!」
 未だに倒れている大吉を指差してぎゃははと笑う品のない狐。
 住所が特定されている白三の元へ来たが、白三違いを起こしたようだった。
「我はかの陰湿な若造とは違うぞ! だいたいなんだ貴様は唐突に現れるなり疑いおってからに! 今日こそは決着をつけてくれるわ表に出い! いや、もう出ておったな! かっかっか!」
 筋張った手足をしている狐の男が嘲笑する先にいる大吉が、むくりと起き上がる。
 こめかみに青筋を浮かべ、大柄な狸は太い腕を狐に向かって伸ばした。
「上等だぁ! 今日も俺が勝ってやるぜえ!」
「今日も、とは何だ! も、とは! 我がいつ貴様に負けたぁ!!」
「母ちゃんへの愛比べで大負けしたのを忘れたとは言わせねえぞ! がっはっはぁ!!」
「貴様あぁぁぁあぁぁっ!!」
 元気な中年二人がどたんばたんと玄関先で暴れまわる。
 大吉が岩を投げ、白三が薪を投げ、大吉が地を踏みしめ、土ぼこりが舞い、白三が狐火を打ちまくり、煙が噴き出し、しっちゃかめっちゃかである。
「……面倒臭い……ことになった……」
 屋敷の女中が差し出してくれた茶を啜りながら、中慈は二人の大喧嘩をただ眺めていた。
 更に羊羹も出してもらったので、二人の喧嘩が収まるのを待ちながら、草むらを見つめて食べることにした。
 そっちが片付いたら、こっちで暴れて欲しいなあ、なんて思いながら。


「はぁ? 重丸ちゃん浚われたのかい?」
「そうなんでさぁ! 母上、結婚させられちまうかも知れねえんです!」
 正座して狸一に事情を説明する軽助の頬は腫れていた。
 狸一さん! と声をかけたが出て来る気配もなく、酒瓶が放置されている状況で、いつもの盗み癖が鎌首をもたげた軽助は、ついつい瓶の中身に興味を示し。
 何してんだこら、と出てきた狸一に引っ叩かれたのだ。
「狸一の姉さん、母上の友達で御座いやしょ!? なんか、こう、浚いそうな輩の情報とか」
「そんな具体的なこと知ってるわけがない」
「ですよね……」
 がっくりと項垂れる軽助。
 それを見て、あぁ、でも、と声をあげる狸一は、ねぐらにしている掘っ建て小屋から地図を取り出して、軽助にと投げて寄越した。
「最近、虚我沼(うろがぬま)に城が出来たってさ」
「……いや、母上の事聞いてんすけど」
「虚我沼は霧が濃くて沼がある以外には何もない場所だ。誰も近寄らない。そういう所、探したかい?」
 重丸が行きそうな場所だけでなく、敵さんの身になって。
 誰も近づけさせないために、どうするか。
「考えて探しな軽助。お前、重丸ちゃんの子供なんだろ」
「へ、へい!」
 携帯を取り出す軽助。番号を打とうとしたその瞬間。
「……え……」
 刃物が降って来た。


 二匹の黒い狐が倒れている。
 血気盛んな中年の白三がいる屋敷では、密偵の存在を敏感に察知した大吉と白三の大喧嘩……のふりをした襲撃により一人を撃破。
 そのまま残った一人に襲撃をかけ、黒い狐が逃げた先には、中慈の竹箒での一閃が待ち構えていた。
 荒縄で縛り上げた二匹を見下ろす三人。
「お前ら……母ちゃんを誘拐したほうの手下だな!?」
「重丸殿を何処へやった! 言えぃ!」
 中年二人にすごまれ身を硬くする辺り、若輩の狐なのだろう。
 しかし口を割ろうとしない二匹に対して苛立ちを募らせる父親と、父親の喧嘩友達。
 そんな時、中慈の携帯電話が震えた。

『虚我沼に城』

 姉からのメールだ。
 それしか書かれていない。
 途中で送信されたそれを見て、何かがあったと察した。
 大柄な弟は、キーを打つ。
『生きてろ』
 キーを打って、それから、メールの文面に出てきたそこへ向かうため、父へ声をかける。
 虚我沼。
 夕暮れを現す赤紫の空を見つめた。
 何だか腹が減った。


 掘っ立て小屋の前。
 蹲るように倒れている二匹の狸の中央で、携帯電話が鳴る。
 
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