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狸嫁:2
 柔らかく温かい感触に目を開けると、大きなクッションとふかふかの掛け布団が視界に入ってきて、重丸はぱちくりと瞬きをした。
 首をかしげて起き上がる。カーテンを閉めようと窓に近づいた際、確か真っ白な狐に出会った気がするのだが。
 肌触りのいい布団と、すべすべしながらも綿がたっぷり詰まったクッション、そしてバネのきいたマット。見慣れない風景を見回して、重丸はぽつりと呟いた。
「子供たちにご飯作らなくっちゃ」
 事態を把握できていないらしい。


「もしもし! 哲司(てつじ)!」
『おう、どうした軽助! また家出でもしたのか?』
 山のふもとにあるガソリンスタンドの前で、携帯電話に耳を当てて叫んでいる軽助の姿がある。
 電話に出たのは狢(むじな)の哲司で、不良集団・狢のリーダーである。
 狸、狢、いたち、かわうそといった化ける動物が寄り集まって群れを成している集団だが、その誰もが不良少年や少女といった未成年。洒落にならない悪さは出来ない集まりでしかない。
 軽助はその集団に属していた。
 父親と大喧嘩して家を飛び出したことがあるのだが、その時に知り合ったのだ。
 軽助は息を大きく吸って、それから告げる。
「てぇへんなんでさぁ! 母上が!」
『……重丸さんが、どうしたって?』
 哲司の声が、鋭くなった。


 見知らぬ部屋のふすまが開けられる。部屋に入ってきた白い着物、白い袴の人物を見て、重丸は首をかしげた。
「ねえねえ、えまはお泊りしないから、家に帰るよ」
「それはなりませぬ」
 白い髪、白い耳、白い尻尾、白い目。やたら長身で声が低いその人物(?)は、重丸の前に跪き、そして小さな彼女の手を取り、言った。
「重丸殿、お会いしとう御座いました……」
「えまも」
「……恐悦至極に存じます」
 真っ白なそれは狐だった。ひょろりと長い背と、長い手足を持った狐だった。
 白い狐は重丸の手の甲に口付けを落とす。
 そうして、ゆっくりと重丸の顔をうかがうように顔を上げ、瞳を見つめた。
「重丸殿」
「はあい?」
「今日こそは、我と結ばれていただきます」
 ねえねえ、ここ何処? と幼い尋ね方をする重丸を優しく抱き締め、白い狐は彼女の夫を思い起こした。
 彼女を奪った憎い敵を脳裏に浮かべ、見下す。
 重丸は我のものだと。


「誘拐されたって、マジかよ! あの人強いだろ!」
「でも浚われたことは確かなんでぇ!」
 だぼだぼのスカジャンを着込んだ狢の哲司がガソリンスタンドへ仲間と共にやってくる。
 バイクに跨ってたむろしているので、ガソリンスタンド側にとっては邪魔な客だろう。
 駐輪させてもらう代わりにと燃料をバイクに注いで代金を払う様は、律儀ではあるが。それでも数が多いので邪魔なことに変わりはなかった。
「重丸さん、誘拐犯と結婚させられるってマジか」
「ロリ婚」
「誰がうまい事言えと。重丸さん、何処に連れてかれたか見当ついてねえの?」
 やいのやいのと口々に物を言う連中に首を横に振る。
 分からないからこそ狢の連中を呼んだのだ。
「おめえら、母上に世話になりまくったよな?」
 軽助が口を開く。
 不良どもがバイクで暴走行為を起こしていた時、その暴走を一人で止めたのが重丸だ。
 不良どもが寝る場所に困っていた時、住んでいる平屋に一泊させて食事を与えたのも重丸だ。
 不良どもがヤのつく男に絡まれ絶体絶命となった際、男を大人しくさせたのも重丸だ。
「おめえらに頼みがある! 母上を知っていそうな人に手当たり次第に声かけてってくれ! 下手な鉄砲じゃねえけど、大勢で探しゃあ手がかりも掴めんだろ!」
 頼む! と頭を下げた軽助に、おう、と自然に声が返ったのは、直後だった。


「結ばれないよ、白三(はくぞう)ちゃん」
 幼い声で、抱き締められたまま重丸は呟いた。
「だって、えまはパパと結婚してるもん」
「関係ありませぬ。我は今宵、貴女を我が物と致します」
 強情な狐である。
 重丸は不思議そうな顔をして首を傾げるばかりだった。
「それに、白三ちゃんは……」
 
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