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狸嫁:1
 冷たい風が吹き込むようになり、とある山の平屋造りの家にも冬の気配が舞い込んでいた。
 床に温かく厚手の布を敷き絨毯代わりにすると、一平屋家の主婦、重丸はテーブルに大きな鍋を置いた。
 中身は沢蟹とアサリの味噌汁である。
 たっぷり作ってあるそれは、夫の大吉と娘、息子たちでほぼ平らげてしまうので、重丸は腕によりをかけて毎日こしらえるのだった。
 がたがたと風が窓枠を揺らす。
 厚みのあるカーテンを閉めて、子供たちを暖めてやる必要がある。
 窓に近づいたその時、重丸はぱちくりと瞬きをした。

「うぅ……さっびぃ……」

 自分の部屋から茶の間にやってきた軽助が身震いしながらテーブルを見る。
 大きな鍋――恐らく味噌汁だ。母が作る味噌汁は、軽助の大好物である。
 それから漬物。白菜と大根と、それから保存しておいたきゅうり。
 今日のメインは何なのだろう。
 そう思い台所を覗き込んでみたが、そこに母である重丸の姿はなかった。
「あれ? 母上?」
 母上ぇ、と声をあげてみても、返事がない。
 いつもなら、なぁに軽ちゃーん、と幼い子供のような口調でひょっこり顔を出すはずなのだが。
「…………何が……あった……?」
 ぼそり、と背後で声がした。
「中慈……母上がいねえんですよ」
 妙な敬語で答える軽助。
 弟である中慈は軽く辺りを見回し、匂いもしない事に気付き、とりあえず外を探してみようと無言で窓に近づいていく。
「サンダルいりやす?」
 それをきちんと察した軽助が話しかけると、小さく頷くだけの返事が返って来た。
 玄関にサンダルを取りに行く姉を見送った後、中慈は窓が少しだけ開いていることに気がついた。この季節にうっかり閉め忘れて出て行くなんて事は、母に限ってはないはずだ。

 窓の隙間から、風が吹き込んだ。

 白い何かがかさりと舞い込んでくる。
 軽助がサンダルを持ってやってきたのと、中慈が白く薄いものを拾ったのは、同時だった。
「お待たせー……って、何すかそれ?」
「…………さらわれてる…………」
 弟からの一言。
 間と、沈黙から発せられたその内容。
 サンダルが畳の上にパタパタと落ちた。
「……中慈……その紙……」

『重丸殿は預かった。大吉殿に伝えよ。我は重丸殿を妻とする』

「何だ、これ」
 紙に書かれた筆文字に、言葉をなくす。
 軽助は中慈を見た。中慈は紙を見つめていて、恐らく、どうするべきかを考えている。
 テーブルの上には、出来立ての夕飯。
「……中慈、夕飯食いながら父上待ってなせぇ! あっしゃぁ狢の連中に声かけてきやすから!」
「……一部始終……知らせる……」
「頼んだ!」
 弟のために持ってきたサンダルをそのまま自分がはき、軽助は窓から飛び出していった。
 昔、家を飛び出した際に世話になっていた不良集団「狢」の頭角に、電話をかけながら。
 
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