田倉真間は地味に苦労してた(田倉真間)
人間の、特におなごの生気はうめぇだなえ。
黒い衣、黒い髪、黒い爪。全身真っ黒な妖怪は夜に現れた。
眠っている女の寝息を吸い、唇をなめる。生気を吸い取った後は霧のように立ち去る。全くもって迷惑な化け物である。
あるとき、夫が女を助けようと黒いそいつに飛び掛ろうとした。
しかし黒いそいつは異様な生臭さを放っており、まるで悪夢でも見そうなその臭気に鼻をやられてしまった夫は妖怪が逃げ去るまで動くことが出来なかったという。
おら、そったらこた知らねぇだよ。
反撃防止にどぶ川を渡ってきた用意の良いそいつは人の迷惑など知らぬ顔で夜を歩いた。夜を歩くしかなかった。
化け物が夜に出るというのは中々に古典的であり妖怪としての品位を弁えていると誰かがうたっていたがそうではなく、黒坊主には夜しか居場所が無かったのだ。
朝に出れば黒が嫌に目立つ。昼に出るは間抜けのようである。黄昏時は倍率が高い故に別の妖怪と間違えられておしまい。夜しかなかった。仕方が無い。
普通の飯さ食えって、食えるもんなら食いてぇだ。
人の寝息を吸うしか食事の方法が無かった黒坊主は哀れ変態妖怪かと間違えられる奇妙な生態でもって生き残ってきた。
寝息だの唇だのに味がある筈もない。というか寝息は吐息なのでその人間の口が臭かったら不運極まりなく、黒坊主が生臭さで身を守っているのは迷惑だとか言われる筋合いも無いのである。
お互い様。
味のあるものを食ってみたいとか、一々寝ている人間に密着せんばかりに屈んで寝息を吸わなければいけないのは面倒だとか、割と現代っ子なそいつは思っていたのだった。
カレー味の寝息が唯一のご馳走だべっちゃや。
あぁ、なんか咀嚼して飲み込む系統の食事したい。何かを食べるという経験の無い黒坊主のそいつは食べ物が無くとも生きていられたが、逆にいえば何かを食べるという行為が出来ない存在だった。吸うしか出来ない妖怪だった。
ゆらゆら。地面が揺れたように感じてぽかんと口を開けたまま何事かと身構える。
次の瞬間には少女が目の前にいた。
「黒っ!」
いや、おら黒坊主だはんで。
召喚された影響で、物を食べられるようになった、黒坊主の田倉の話。
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