売名VS狸、<●><●>の巻
何で……何で……何で!
大寺は唇を強く噛み締め歩いていた。家に帰れば父も母も自分たちを放って仕事ばかり。兄弟たちはそれぞれが好き勝手な生活リズムで生きているから会話も無いしお互いへの興味もない。学園でだけは、目立ちたかったのに。不機嫌なまま、何処へ行くでもなくただ足を進めた。
十分に悪目立ちはしているのだが、それの自覚はないようだ。
有名になれば寂しくないと思ったのに。
大寺は悔しそうに特殊能力科の教室を思い出す。自分をはっきりと拒絶した国原や、国原にも十六夜にも守られていた冠橋美弓。多数の学科へ赴いて有名人を探しては軽くいなされていた自分との、この差は何だという顔つきで。
「マジ……むかつく」
自分のやり方が正しくなかったとは、到底思っていないだろう大寺は、近くの壁に寄りかかり、座り込む。
膝を抱え、顔を伏せた。悔しい思いに浸り、口をつくのは悪態ばかりだった。
「信じられない! 皆、馬鹿なのよ! 最低!」
誰も彼も嫌いだと言わんばかりに声を張り上げ、大寺は言った。
「何で誰も、あたしの事見てくれないのよ!」
「……そりゃぁ、せこい真似ばっかりする売名厨にゃぁ、まともな目は向けられねぇでしょうや」
返ってきた声。
大寺が顔を上げれば、其処にいるのは、見知った狸。
一平何とか。むかつく雑魚。相芥叉の、手下。
「何よ、何しに来たのよ!」
腹立ち紛れに問いかける。
「いや、便所」
それに返るのは、下品な一言。
狸は溜め息交じりに、座り込んでいる大寺を蹴る真似をした。
「何よ、やめなさいよね、馬鹿狸!」
「馬鹿女に何言われても、痛くも痒くもー?」
「馬鹿女ですって!?」
喧嘩が始まる五秒前か。一触即発といった雰囲気で、一平屋は口を開く。
呆れたように、疑っているように、目を半分閉じながら。
「誰も見てくれねぇとは、馬鹿な勘違いでさぁ。略してバ勘違い! 主人はあんたの事、ちゃんと見てやしたぜ? 昔の思い出ずっと大切にして。あっしだって今あんたとまともに会話してるじゃねぇですかぃ。ほーんと、お馬鹿にも程があらぁ」
へっと吐き捨てるようなその台詞に、大寺はぽかんと口を開けていた。
有名になりたい有名になりたいと欲望ばかりを追いかけて、すぐ隣にむかつく狸と有能な召喚師が立っている事も見えず、他の、有名でも天才でもないが友達にはなってくれる存在を見落としていた事に、今更気付いてしまったのだ。
誰かに見て貰えるなら、その視線の大小の差に関係はなかった。
誰かに見て欲しいなら、自分がその誰かをきちんと見る必要があった。
今更気付いてしまったのだ。
「行きやすよ、馬鹿女」
嫌そうに鼻を鳴らして、狸が言う。
「……何処に?」
そう大寺が尋ねると、一平屋はあっさりと、当然といった様子で、こう答えるのだった。
「主人の所に決まってるじゃねぇですかぃ。あんたを連れてったら、主人もきっと喜んで下さるにちげぇねえや!」
← →