魔の王と倒れた元奴隷は語る(テラ)
見上げれば、小さな体に大きな存在感を有した魔王は我を見下ろしていた。
血と埃に塗れた臭いと人斬りの目、盗んで着るを繰り返したせいでちぐはぐな服装を見て、魔王は鼻を鳴らす。
「殺さば……殺せ」
そう告げるだけで精一杯な我に魔王は更に嘲笑した。
『何とも人間らしい、驕った考えだな』
自分の意思で死ねると思っているのか青二才が。
言外にそういわれた様な気がして眩暈を覚える。
剣を握ったこの手に力が入るならば抵抗もできたろうにそれも適わなかった。
ちゃり、と足首にからまる鎖が音を立てた。
『奴隷か……誰にも従わぬ奴隷ほど役に立たないものは無いがな』
「……余計な世話だ」
『ほう、口答えする元気はまだ残っていたか』
感覚で分かる。
我は目の前にいる魔力の塊には勝てない。
地に倒れ付したまま睨み上げている我を一瞥し、彼……いや、彼女やも知れない、その人物は足元まで移動していく。
足枷に指を這わせ値踏みするかのように鎖を指に絡め、そして。
パリンッ!
「……なん……」
『案外ちゃちだったな』
何もしていない筈だ。
力を入れていない筈だ。
いや、別の力を入れたのかも知れない。
我には判別が出来なかったが。
足枷は粗末な音を立てて崩れ落ち、鎖はそれに続くように砕けた。
奴隷である証が散った今、我は何者でもない。
ただの人斬り。
名無しの人斬りになったのだ。
『晴れて野良犬になったな、嬉しいか』
上から見下ろすような声は根無し草の我を差す。
『何か言え、こののろま』
「この……」
見下されきり、腹が立った。
何かを言い返そうとした直後。
ぐぅ、りゅりゅるるるる。
『……何とも間抜けな返事だな』
「…………」
腹が鳴った。
体力も気力も空なのだ。
刃こぼれを起こした剣では最早誰も斬る事適わぬのだ。
自由をようやく与えられたというのに。
活用できぬまま意識を飛ばすのが惜しくて。
我は。
「……好きに、してくれ……飼い主よ」
必死で、口を動かした。
暗くなる視界の隅で、彼、若しくは彼女の目が、面白そうに歪んでいた気がした。
『元よりそのつもりだ、戯け者』
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