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売名厨起きらば狸憤慨す

 小さく声をあげ、大寺が目を開ける。
 性格のきつい女だという噂を知っている一平屋にとっては、目を覚まされるだけでも冷や汗ものだった。思わず後ずさるが、主人である相はその場にとどまっていた。
「……此処、何処よ?」
 眉をひそめ、大寺が問う。
「空き教室。睡眠、見つけた。私、ここ、運んだ」
 相芥叉は淡々と答え、大寺に近づく。
「無事、良かった」
「……確か、あたし、冠橋美弓に会ったような気が……」
 何かを思い出そうとする大寺だが、肝心の記憶がぼやけていて引っ張りだせるものが何もない。机から降りると、ぼんやりとした頭だが、きちんと相の方を向いた。
「よく分からないけど、此処に運び込んでくれた事については礼を言っても良いわよ?」
「助けて貰っといてその言い草はねえでしょ!恩知らずにも程があるってもんだ!」
「は?何この茶色いの?」
「茶……」
 主人に対して高圧的にも聞こえる態度を取られ、かちんと来た一平屋。一平屋の苦言に対してムカッと来た大寺。睨みあう二人のこめかみには青筋が浮かんでいた。
「喧嘩、終了。二人とも、止める。私、困った、とても」
 二人の間に入り、首をかしげながら告げる相に、一平屋は口をつぐむ。従う意思を示すかのように獣特有の座り方をし、背を丸めつつ相を見上げた。
 喧嘩はしないが、大寺が相に何か害をなそうというなら、すぐさま飛び掛ってやろうと言うのが見え見えである。
 大寺はもとより狸なんぞと対等に口を利くつもりもなかったのか、さっさと視線を別の方に向けてしまっている。
 ふん、と鼻を鳴らし、大寺が言う。
「あんた、相芥叉よね?覚えてるわよ。お家が由緒正しいからって妬まれて苛められてた子でしょ。今じゃ結構良い腕してるって評判らしいじゃない?」
 暫く会話してなかったけど、強くなってるのね。
 売名に余念がない大寺は、学園で有名であったり評判であったりする生徒の情報を日夜かき集めようとしている。其処で耳にした相の話を思い出すかのように口にし、そして、一平屋に目を向けた。
「それがどうして、こんな弱そうなのを従えてるのよ?」
「……けっ、厚化粧に何を言われても痛くも痒くもありやせんねぇ」
「は?むかつくんですけど」
 一平屋、主人に強く出る相手はとことん嫌いな様である。
「軽助、止める、しなさい。喧嘩、良くない」
 従属である狸をたしなめる相を見て、大寺は少し笑った。
 前は苛められて身を縮こまらせていた彼が、随分と確りしたものだ。
「なんか、頼もしくなったのね、あんた?」
 
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