ある歪んだ兄妹の話
高地の村で生まれ育った兄と妹がいた。
どちらの性別も併せ持つ者を神の使いとして崇め奉り、巫女として暮らして貰うのが村の習慣だった。
兄は姉でもあった。幼い妹を守り育てるために巫女としての生活を受け入れ、生活を保障された妹とは隔離されて過ごした。
故に妹はこの頃の兄を全く知らない。
妹が八つの頃、村は滅んでしまった。
長雨による土砂崩れで村の大半が埋まってしまったのだった。
妹は社から出てきた兄を久しぶりに見て、縋りついた。
兄さま、兄さま、みんなが消えてしまったよ。
泣きじゃくりながら兄にしがみつく妹を、兄は大変かわいそうに思った。
兄は妹をきつく抱き締め、これからはワタクシがお前を守りましょうと堅く誓った。可愛い妹に何不自由の無い生活を与えてやりたいと強く願った。
騒動が起きた直後だろうか、金髪碧眼の男が兄妹の前に現れた。大変だったね、と呟く男はしかし笑っていた。
妹は初めからこの男を気に入らなかった。人の痛みを痛みとも感じず笑っているような、そんな胡散臭い男である。
信用など出来なかったし、しなかった。
兄妹は薄暗い私設に受け入れられた。
其処では同い年から年上の子供たちが暴力に震えながら暮らしていた。
逆らえば即しつけという名の暴力に打ちのめされるのが其処のルールだった。
妹は、逆らった。
殴られると分かっていても。
蹴られると分かっていても。
男が気に食わなかったので、反抗を続けた。
傷が出来るのも構わず、周囲の人間に対しても強気な態度は崩さなかった。
巫女として崇められていた兄の妹なのだからと、兄が恥じるような妹にならないようにと、それだけで突っ張っていた。
妹は、兄が好きだった。
ある日、兄の気が狂った。
仲の良かった仲間を虐げる男に反抗した妹が殴る蹴るを受けていた時の事だ。
兄は暴力が行われている間は開ける事を許されていなかった扉をあえて開き、飛び込んできたのだ。
妹ばかりずるい、こんな奴よりワタクシを殴ってくれ、殴られると気持ち良いから。
そういって男に激しくねだった。
妹は兄が好きだった。
好きだったが。
ショックだった。
気が違ってしまったのだと思った。
自分の事など見ずに男の後をついて周り、暴力を振るわれては喜ぶ兄を見るようになってから、その気持ちは強まっていった。
兄はもう、妹の兄である事をやめてしまったのだと思った。
兄はもう、妹の事など忘れてしまったのだと思った。
妹は、兄が嫌いになった。
兄には誇りの欠片もないのだと、そう感じた。
兄から離れて仲の良い仲間とつるむようになった。
その妹は現在、ある学園に身を寄せている。
兄は未だに敵対する組織に身を置いているのだろう。
人ではなくなっていく兄を思い起こし、妹は拳を強く握った。
兄は未だに妹が好きである。
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