回廊と侵食〜海賊はあざ笑う〜
学園の生徒達は、数々の緊急事態に右往左往していた。
手当てをしてくれた女の子、帽子を(強制的に)取り替えっこしたお嬢さん、倒れている間に腹の上に乗って遊べ遊べとやたら叩いてきたおチビさん、綺麗な顔して暴言を吐き出してきた少年とそのお友達、そして今。
中庭で休む私を不思議そうに見て(多分怪しい人だと思ったんだろうなあ。実際に怪しいから何も言えないんだ、これが)腕組みをしている、翼の生えた少女。
「なんじゃお前は。偉く焦げておるではないか」
先程からイジメのようにぶつかってくるロケットランチャーに半ば諦めていたその時、爆風を器用に避けながら話しかけてくるこのお嬢さんに出会った。
樹木に寄りかかり、トライデントを持ち直す。海賊の服がくたびれてしまったが、私にとって既にどうでも良い事だった。
「何やら疲れておるようじゃのう?休みたいなら保健室にでも行くが良い。案内してやろうか?」
ああ、良い子だなあ、この子も。
私が回廊の一員だと分かれば、この態度も一変するのだろうけれど。
般若の面が少々ひび割れているのに、触れてみて気づいた。
この学園を襲う。この学園の住人達を襲う。回廊が支配する。土地も他校との交友関係も全て牛耳ってしまう。回廊はマザーの卵を生む。マザーの卵が何なのか、中級構成員である私が教えて貰える筈もない。
マザーの卵から何かが孵化する。学園生まれの災厄がここら一体を不幸にする。生き残りがいれば其処で食らい尽くされる。
それが回廊の目的。
私はそれに従う。
従えば良い。
多少酷い目に遭ったって、耐えれば良い。
そういう風に教育されているんだから。
「おい、聞いておるのか?眠っている訳ではなさそうじゃな?」
目の前のこの子を襲ってみようか。
後ろから風。また、ロケットランチャーだ。お前はもう、こっちに来るな。私を苛めて楽しいか。何処の子だ。
そちらは見ない。
トライデントを構え。
矛先に気を集中。
水で槍を形成。
放つ!
ロケットランチャーは、簡単に貫かれる。爆発する。鳥の女の子が目を丸くしている。襲おう。私は回廊の側。襲わなければ、此処に来た意味がない。
「なんだ、元気ではないか!ならば良かったぞ」
きょとん、とした顔で私を見つめる、小柄な少女の肩を掴んだ。首でも絞めてやろうか。地面に叩きつけて、トライデントで串刺しに……。
見てしまった。
ああ、うわあ、思い出してしまった。
腕に張られた絆創膏。
ドット柄の、青い絆創膏。
『本浸 ロゼ』
親切なあの子の笑顔を。
ここにいる学生達は敵だと教えられてきた私に向けられる、遠慮のない少年少女の真っ直ぐな感情を。
後ろから大きな風が二つ。ロケットランチャー、お前、しつこいな。本当に。
……本当に。
「はは、は……」
本当に。
何だこれは。もう。
「な、なんじゃ、どうした?いきなり笑いおって……というか、また来ておるぞ?」
「分かっている……ちょっと走るぞ!」
「何?お、うわぁっ!!」
お嬢さんを思い切り負ぶった。トライデントはお嬢さんの下にある。私の手がお嬢さんの尻に触れてしまっては、ほら、申し訳ないから。
「ふはははっ!当たり続けて大体のコツは掴んでいる!!私を舐めるなロケットランチャー!!」
全力疾走開始!
もう、何だ、何なのだ。
分かったよ、分かったから。
私は『絶対悪』にはなれない。
もう理解したから。
苦笑いして逃げる道を選んだ私は、回廊に許して貰えるだろうかな。
許して貰えなければ潔く散るかな。
まあ。
先ずはこの少女を、安全な場所に連れて行くのが先決か。
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