〜5〜
「怖い……怖いよ、怖い」
森の奥で自分自身を抱き締めて泣いているのは、国原文であった。右腕が雷で出来た巨大な獣のそれであり、耳も尻尾も出てしまっている。そんな国原が泣きべそをかいていた。
爪の先には赤い汚れがこびりついている。黒い獣になっていた時、ハイテンションで他科の学生を切り裂いたからだ。絶叫は爆笑に変換され、弟だけはと助けを求めた言葉は罵詈雑言に変わって口から飛び出した。
森の奥には人がいない。だから其処で泣いている。誰もいない此処ならば、テンションがおかしくなる事も無い。
(俺ら、どうなっちまってんだ? 何がどうしてこんなんなってんだ?)
泣きそうな声が内側から響く。落ち着かせようと自分の頭を撫でた。少しでも弟に伝わっていれば良いが。
「(分からない。分からないけど、人がいなくなると落ち着くから、ずっと此処にいよう……そうしよう)」
涙を止めようと呼吸をやめたが、嗚咽が酷くなるばかりで何にもならなかった。
(んな事言ったってさ、ずっと森ん中で過ごせる訳ねえじゃん)
「(でも、もう引っ掻きたくないでしょ)」
(……おう)
内側で会話をする。もう嫌だと弱音を吐こうとするたびこの声が雄たけびを上げて恨めや恨めと歌ってしまうのだから、喋らない方が良いに決まっていた。
憎め嫌えと叫ばれるたびに本当に憎い気になってしまうから、元凶である声を封じてしまうに限るのだった。
指を一生懸命に動かして誰かへの手紙を書きたかった。地面を掘り返して、助けての一言を残したかった。何度も助けてと書こうとした。
その結果は足元にいくつも残っている。
嫌いだ嫌いだ恨む恨む恨むぶち殺す焼き焦がす大嫌いだ呪ってやる祟ってやる嫌い嫌い嫌い恨む恨む恨む。
助けてのたを書くつもりで指を動かせば、出て来るのは罵詈雑言のみ。居心地の良い、それでいて気分の悪い闇ばかり。
もう嫌だ。
人間嫌いだ。
助けて。
くれなくて良い。
聡さん。
殺してやろうか。
砂波銀。
そいつは妖怪だった。
苦しい。
全部母親のせいだ。
怖い。
全部人間のせいだ。
「アッアア゙ァァァ゙ァ゙アアアァア゙ッ!!」
怖いよ、誰か私たちを止めて。
そう言いたくて開けた口は、恨み辛みを乗せた絶叫だけを吐き出した。
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