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〜4〜
 真っ黒な子が生まれた。
 真っ黒な子は生まれつき黒く、生まれつき人でも獣でも無い形をしていた。
 獣人の声は常に二重に聞こえ、獣人の瞳は常に白く丸かった。
 私はその獣を愛していた。醜いながらも可愛い我が子、とても愛していた。
 人をやめた夫もその子を他の兄弟と何ら違わず可愛がった。
 世には時折こうして人と妖の血をうまく混ぜられなんだ子が生まれるという。
 それは誰のせいでも無いし、何が悪いでも無い。ただの偶然さね。
 だから可愛かった。おぼつかない足取りで私を追う獣人が、お袋様と呼ぶのが堪らなく愛らしかった。
 獣は多産故に、獣人には兄弟が多数いた。全て私の子よ。しかし大勢の兄弟たちは異形のこの子を仲間だと認める事は出来なんだようで、黒い獣人は酷く痛めつけられた。
 およしよと何度言うてもやめぬ愚かな愛しい子たちに心を痛めていたら、黒い子はいつしか兄弟たちと距離をとり始めた。私は黒い子に会うために住処を離れて山の反対側へと通う事になった。
 黒い子は重なった声で私をお袋様と呼ぶ。私が土産を手に会いに行くとそれは嬉しそうに擦り寄ってくるので、私はたいそう嬉しく思った。
 寂しかったけれども幸せでもあった。兄弟間の争いがやみ、こうしてどちらとも過ごせるのだから。

 でも、いけなかった。

 大勢の子供たちは私の預かり知らぬ所で黒い子を死なせてしまおうと目論んでいやった。
 今日の食事である餌を引きずり子供たちを呼んでも返事はない。山の獣が言うには反対の方向へ集団で向かっていったと聞く。
 かか様、と弱く声がするから其方を見れば、残った子らが困り果てたような顔をして擦り寄って来やる。
 どうかしたかえ、と問う。すると、やっと人の姿を取れるようになった息子が告げるのよ。
 皆が黒い兄弟の下へ行きました。
 心の臓が跳ねやった。凍てついたまま強く脈打つ故に、私の胸は崩れて落ちそうで仕方なんだ。ばらばらと音を立てて五臓六腑が打ち砕かれるような不安が襲ってくる。
 私は強く地面を蹴飛ばした。よもやあの子らはあの子を貶めに行くのではあるまいな。離れて暮らしやるあの子を更に痛めつけに。
 母として止めねばならぬ。やめさせねばならぬ。
 獣の本性を現し深い森へと入っていったが遅かった。
 血の匂いで上下の判別もつかぬ暗い森の中、血溜りが出来ておる中心に、黒いその子が蹲っておる。体中に傷を負って泣いていやる私の子は、一人で何故だ何故だと嗚咽を漏らしておった。

 兄弟たちの死骸に囲まれ、嫌われた嫌われたと泣いていやった。

 黒く鋭い爪で引き裂かれた私の息子たちは息絶え、目ざとく見つけた野蛮なトビ共がその子らを啄ばもうと地に降りていた。
 木々がへし折れ、地が抉れ、重なった声がお袋様もオレを殺しに来たかと呟き、血に濡れた地が赤黒い草を生やしていた。
 声が出んやった。
 私の子が私の子を殺そうとし、私の子に私の子が殺された。どちらも悪くはないのに。何が悪いでも無かったのに。
 私は朦朧とした意識の中、ただ思う。
 このままでは、黒い子が殺されてしまうと。
 兄弟を八つ裂きにしてしまった事が知れれば山の妖たちも黙ってはいまい。この子は危険だと私刑でも加えられかねない。
 山を凄惨に彩ったと知れば人間たちも見過ごしはしまい。凶暴な化け物が人を食うと勝手に噂立て、山狩りを行うやも知れない。
 逃がそうにも逃げる場所など無かった。
 この子を無事に何年も守り続けるには、もう、これしか無かった。

「ごめんな」

 流した涙はあの子の目に映ったろうか。
 祠の中で私を見据え、何故だお袋様何故だと手を伸ばしていた黒い子を見るのが辛かった。今すぐにでも手を取って抱き締めてやりたかったが、触れてしまっては封じが解かれてしまう故、出来もせなんだ。
 祠の扉を閉じる。あの子の叫びが聞こえる。重なった叫びが聞こえる。
 天狗に頼んで封をして貰うた。
 貴様らの選択は正しかったと言われたが、そんな筈は無かった。
 だってあの子が泣いている。
 拭った袖から滴るほどの涙を流して、私は残った子らを育てていった。その子らは人や妖と結ばれ、子をなし、子は孫をなし、孫はひ孫をなし、ひ孫は玄孫をなし……私の血は途絶えない。
 可哀想な子はまた生まれた。
 何が悪いでもなく。
 私が悪いのか。
 目覚めたあの子は怒りに満ちておる。
 母は何をしてやれるだろうかね。
 玄孫をどう守れるだろうかね。

 私かえ?

 国原の、菊さんだよぅ。
 
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