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- ナノ -
〜15〜

 薬品が弾け飛ぶ。
 救急箱が砕ける。
 椅子が折れる。
 ガラスが飛び散る。
 床が捲れる。
 知子が
 投げられる。

「ぅあっ!?」

 ずどん、という低い衝突音が保健室に響いた。
 今や廃墟のような部屋で、唯一つ、カーテンだけは無事にはためいている。
「遊んでくれるのでは、無かったのか? ん? 小娘」
 わざとベッドとカーテンにだけは手をつけなかったマチルダが、意地の悪い笑みを見せていた。
 顔や腕に青あざを作りながらも、桃桃知子は必死で立ち上がる。
 自分で遊んでいる間は釘三姉妹に手を上げられずに済むと分かっているからだ。
 自分自身が盾になればと。
 ただそれだけの為に立ち上がる。
「釘さんたちに……手は出させない!」
「ほざけ小娘」
 言うや否や知子の首を締め上げるマチルダ。
 カーテンの置くでは、三つ子が息を殺していた。


「体が軽くなりましたね……エルダさん」
「ああ、そうよな……酒菜」
 お互いの名前を思い出した。
 お互いの事を知っている。
 それだけで嬉しいのだろう、夫婦は手に手を取り名前を呼び合っていた。
 体が重く息が出来なかったのが嘘のようだ。
「……それでは、参りましょう」
「娘の危機ぞ」
 そうして大きく頷きあった夫妻は、己の子どもが発する魔力を辿るように歩き出した。
「およ? もう行くんですか? も少し休んでっても……」
 休憩を促す桜花先生に有り難うと一言、歩くのをやめずに。


「綺麗な顔が台無しだわいなぁ? おぉ?」
 青く晴れ上がった右瞼。
 切れた口の端。
 左の頬に赤く残る殴打の痕。
 肩で息をする桃桃知子はがくがくと笑う膝に鞭打ち、必死で立っていた。
 荒れ果てた保健室に一つだけ、不自然に綺麗なベッドが残っている。
 ベッドからは時折、三つ子の末が暴れるような音が聞こえていた。
「だぃ……じょうぶ……わらひが……守りゅわ」
 頬が痛々しく腫れ上がり喋りにくいまま知子が口を開く。
「ほー。そうかそうか……」
 そんな知子に笑い混じりで返すマチルダは
「まだ躾け足りぬか」
 嬲るのを楽しんでいた。
「なれば先ずはその綺麗で長い指を逆向きに折ってやろうかぇ……白い肌を青黒くなるまで殴ろうか……それとも、我が爪で、失明させてやろうか……ん?」
 幸せな物は許さない。
 綺麗な物も許さない。
 嫉妬の魔女は正義感すら許さない。
 立つだけの体力も失せ、知子がよろめいた瞬間。

「いい加減にしてくれ伯母上ぇぇぇっ!!」

 涙が溢れ眼を赤くした釘デュンケルが、ベッドのスプリングをいくつかぶち壊し飛び掛った。
「ぐぅ!」
 床に叩きつけられる伯母。
「この!」
 馬乗りになる姪。
 知子が嬲られている間、まだ行くな、まだ行くなと引き止めていたアインベッカーが漸くGOを出したのだ。
「ふふ……久しいな、デュンケル! 大きくなったものだ!」
「アンタとは十七年ぶりだからなぁ!」
 起き上がろうと力を入れるマチルダに対し、起き上がらすまいと力を込めるデュンケル。
 長身の伯母と、怪力の姪で拮抗状態である。
 ベッドの上では長い呪文を詠唱し終えたアインベッカーが伯母を標的にと指を向けている。
 ボックは、泣いていた。
「お姉ちゃん、やめて……お願いだから」
「僕一人の命で済むなら、安いものじゃないか」
 
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