〜14〜
「どく訳ないじゃない。私の大切な患者よ」
桃色のツインテールを揺らし、保険医の一人が魔女に逆らった。
保健室のカーテンの向こうには、過去が守られた事により落ち着きを取り戻した釘三姉妹が息を潜めて隠れている。
影で丸分かりだとしても、普段は煩いデュンケルまでもが沈黙を守っているというのは相当な恐怖や危険を感じ取っているからなのだろう。
「ほう、その勝気な目玉、抉り取ってやろうか」
苛立った笑みを浮かべ、髑髏マチルダは保険医を睨んだ。
過去への介入も邪魔され、手下であるガーゴイルは消滅し、蝙蝠の中には寝返り者すら出た。
何もかもうまくいかない歯痒さに、目の前の布を破り捨てて姪っ子たちを八つ裂きにしてやりたくなる衝動が高まる。
しかし今ではない。
今ではないのだ。
「それも御免よ。どうしても釘さんたちに会いたいというなら……」
この保険医で時間を潰し
「私が会いたくなくなるまで遊んであげるわ!」
妹夫婦の目の前で殺すのだ。
白衣やスカートの裾から数々の薬品を取り出した桃桃知子が魔女マチルダに立ち向かう。
硫酸、ミョウバン、青酸カリ……あらゆる劇物の名が刻まれたラベルが、その攻撃性を表していた。
「来なさい!」
「……あぁ、行ってやるとも」
マチルダの瞳が、暗く揺らぐ。
「皆、どうもお疲れ様」
鏡の世界では芥川がガーゴイルを討伐した五人と一匹に向かって声をかけていた。
戦いに慣れない者は今も強く打つ鼓動に胸を押さえ、戦い慣れした者は疲労に項垂れている。
「君たち、無力なる有力者の手によって過去は守られ、未来は救われた。未来は現在進行形で要救助なのだけれど……それはさておき、有り難う」
真っ黒で何も映さない鏡に寄りかかり、芥川は座り込んだ。
時空の歪みが正されていくのを感じた鏡の世界の住人がちらほらと戻ってくる中、芥川は空を見上げる。
空の色は変わらない。ただ星が生まれるだけ。
過去に手を伸ばした者たちなど眼中にないというかのように過ぎていく時間だけ。
芥川は立ち上がった。
言葉を待つように黙っている五人の方を向き、そして言う。
「……さぁ、君たちを元の世界へ返そう。元いた場所へ戻る事になる……眼を閉じて」
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