〜10〜
「おうちを聞いても分からない」
「それはそうさ。入り口は常に移動しているのだから」
廊下の一角、窓からグラウンドが見下ろせる其処で声がした。
木場羽音は抱いている蝙蝠と共に声のしたほうへ顔を向ける。
何の変哲もない窓ガラス、の、筈だった。
「手紙の気配を追って迎えにきたよ……僕が芥川さ」
窓ガラスは今や淡い七色の光を発する不思議な鏡へと変貌していた。
中にいるのは髪を赤く染めた人間(?)で、此方の事を探していたらしい。
「初めまして初めまして初めましてよ〜」
何故か酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞ〜のリズムで挨拶を交わす羽音に、芥川は一瞬きょとんとした。
「あぁ、初めまして。その子は君のかな?」
直ぐに自分のペースを取り戻し、芥川は羽音が抱いている蝙蝠を指差す。
くに、と首を傾げ、どう歌おうか迷っているらしい羽音。
それを見た芥川は勝手に頷くと、すぐさま行動に出た。
ずるり。
窓ガラス製の鏡から貞子よろしく体を乗り出し、羽音の肩を掴む。
芥川が黄泉の人ならば羽音の冒険は此処で強制終了である。
「あちらの世界へ到着したら直ぐに過去へ送ってしまうから、今言うよ」
あちらの世界とか言うな、あの世だと思われたらどうする。
「おらは死んじまっただ〜?」
ほら思われたじゃねぇかどうするんだ芥川。
「いや、死んでないよ……まだね。あちらの世界は鏡の世界さ」
さらりと訂正する芥川は羽音を軽々と持ち上げ、そして口元に微笑を浮かべた。
「ようこそ、もう一つの世界へ」
次の瞬間、一つの窓ガラスに少年と蝙蝠が引きずり込まれた。
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