〜3〜
頭が痛い。大切な記憶が薄れていく。
愛しい娘の名前が思い出せない。
釘酒菜はウェーブがかかった金の長髪に赤いアイシャドーと口紅という、自分の妻とは正反対の配色で構成された長身の女に首を絞められていた。
釘エルダの姉である、嫉妬深い事で知られているらしい、髑髏マチルダだ。
五寸釘が突き立つ森に住むからという理由で釘姓を名乗るエルダと同じように、髑髏が山のように詰まれた荒地に住むという理由から髑髏の姓を名乗る彼女は、呪いの力に非常に秀でていた。
「もう少しで、お前の娘たちは消えるぞ……うふふ、無かった事になるのだ、何もかも。そうしてお前は我の夫となる。妹なんぞを幸福にして堪るものか」
にたりと笑みを浮かべ、酒菜の気道を締め上げていくマチルダ。
酒菜は生まれて初めての学校を喜んでいた三つ子を思い浮かべ、三つ子のためにと魔物の皮をなめして通学鞄を作ってやった事や、それを大変嬉しそうに受け取ってくれた三人を次々に思い出しては目頭を熱くしていた。
大切な娘たちがいなくなってしまう。
あの小さくて温かい命を抱いて感動した記憶が失せてしまう。
それは自分自身が訳もなく殺される事よりも酷く辛いものだった。
自分が今の家族を忘れてしまうのが、死ぬよりも怖かった。
「ん?」
マチルダの不機嫌そうな声に意識をそちらに向ける。
マチルダは使い魔であるコウモリの羽ばたきに耳を傾けていたが、突然酒菜の首から手を離し、そして高圧的に言い放った。
「学園? あの餓鬼共、要らぬ知恵をつける前に消滅させねばな」
酒菜は叫びそうだった。
叫べなかったのは、喉が空気を吸えなかったからだ。
「その学園とやらに行くぞ、お前たち……学園からも全ての幸福を奪う」
魔女は、マチルダは、釘一家だけではなく、全ての家族を壊そうというのだ。
全ての縁を断ち切り、無かった事にしようというのだ。
そうしてマチルダは幸福を自分ひとりの物にするつもりらしい。
嫌な笑顔のまま、金髪の魔女は歩き出した。
「魔女狩りの際、人間の傲慢さには世話になったからな……人狩りと行くか」
名前が思い出せない娘たちを必死に忘れないように足掻く酒菜は、幸福を八つ裂きにしようとしている魔女を追いかけ、弱弱しく這いずり始める。
魔女と、使い魔と、父が、学園へ向かった。
← →