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「#幼馴染」のBL小説を読む
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〜6〜

 手が、足が、めきめきと音を立てて竜のそれになっていく。痛い。とても痛い。マザーの卵が体を蝕んでいく。生気だけではなく、体そのものを食らっているかのような苦しみに、清水は息を詰まらせた。
 本当はもっとスムーズに、この学園を、のうのうと生きてる平和ボケした連中を、食らい潰せるはずだったのになぁ、と、何処か他人事のように考えながら、目の前の光景に、ただ、唇を噛み締める。
 噛み締める唇も、なくなっていたが。

 妹を敵に回してでも主人を守ろうと立ちふさがるスパイダー。戦士の強さを知っていてもまだ立ち向かおうとするスパイダー。最後まで自分を見捨てないスパイダー。

 黒子が舞う。黒子が飛ぶ。糸が乱れ、糸が巻かれ、糸が貫く。

 絶対の味方がいた。誰からも疎まれ、恐怖で押さえつけるほかなかった自分に、どれだけ惨い仕打ちをしようとついて来る味方がいた。
 欲しかったのは。
 清水が欲しかったのは。
 世界の崩壊ではなく、そっちだったのかも知れない。
 苦しみを理解してくれる上に受け入れてくれる、こんな贅沢な相手だったのかも知れない。
 どうでも良くなっていた。
 清水は、世界の破滅なんてどうでも良くなっていた。自分自身がどうなろうと、別に何だって良くなっていた。ただ、目の前の黒子が自分と一緒にいてくれたら、それで。

 どくん。

 体の内側から強く響く鼓動。
 それでは駄目だ、認めないといわんばかりに体を揺さぶる悪意。
 体が音を立てて変形していく。苦痛苦痛苦痛、声も出ない。赤く黒く白く視界が染まっていくのをどうする事も出来ずに清水はただ、竜へと成り果てる。黄金の体、青い瞳、吐き出される青い炎。スパイダーが小さく見えた。あんなに大きかったのに。
「ガアァァァァァッ!!」
 声をあげてドラゴンは尻尾を振った。此処では狭い。もっと広い場所で暴れよう。もっと沢山食らおう。清水なんかどうでも良い、世界を食いたい。
 卵は、清水の精神までもを飲み込んでいった。
 空間の歪みが大きくなっていく。向こう側から伸びる手の数が増えていく。ドラゴンの尻尾にぶち当たった校舎の一部が崩れていく。悲鳴。絶叫。
 十六夜が飛び込んだ。ドラゴンをすり抜けて。怪我人を助けるのが先だ。
 落ちる生徒。明星が受け止める。安全な場所へ避難させようと走っていく。
 恐怖で動けない生徒の手を引き、黄昏が連れて行く。戦うよりも人命優先で。
 リジェクトが拒絶しようとドラゴンへ目を向けた。
 のを。
 スパイダーが張り倒す。
 その間、僅か三秒。
 倒れるリジェクトを支えようとしたマリーンの腹に蹴りをいれ、糸で首を締め上げた。遠心力を利用してアートの元へ投げ飛ばせば、鶏と海賊が仲良く壁にたたきつけられる。
「なめるな!」
 黒子の首をしっかり掴んだボルトが、直接電流を流した。
 糸に守られる隙さえなく雷に打たれた蜘蛛は痙攣する。するが、倒れない。血走った目でボルトを睨みつけ、全力の蹴りを顔面に放った。
「ぐぅ!」
「……お前たち如きに負けていては、回廊幹部の名が廃ります」
 リジェクトの頭を掴み上げ、兄は妹を無理矢理立たせた。妹の能力は知っている。耳元に口を近づけ、兄である両性具有は囁いた。

「え」

 リジェクトの目が見開かれる。
 スパイダーを見ようと顔をそちらへ向けた瞬間突き飛ばされる。
 再び地面に倒れこんだ彼女が見たものは、優しく微笑む黒子の姿だった。

 ドラゴンは木々をなぎ倒す。
 地面を抉り、建物を崩し、校庭へ出る。
 逃げ惑う生徒になど目もくれず、ただひたすら破壊を楽しんでいた。
 まだ、この体は小さい。もっともっと、もっと壊そう。そうして生気を食いつくし、大きくなって、いずれはこの世界を自分そのものへ変えてしまうのだ。
 清水の意思など其処にはなかった。
 ドラゴンは空間に入ったひびに爪を立てる。がりがりと歪みを広げるように引っ掻き、中から伸びる手が増えるのを喜ぶかのように声をあげ、そのついでといわんばかりに青い炎を放射する。
 ドラゴンの内部でぼんやりと眺めていた清水は、ドラゴンの視界に常にスパイダーがいることに安心を覚えていた。
 自分がどうなっているのかなど、どうでも良い。
 蜘蛛がいる。それでいい。
 直後に衝撃。
 何者かが背中を、それも翼の付け根を狙い、大きな何かをぶち当てたのだ。
 清水にはどうでも良い事だったが、ドラゴンにとってはそうではない。
 食事の邪魔、遊びの邪魔、崩壊の邪魔は何より許せないのがマザーへと成長しようとするこの竜だった。
「初陣の相手が竜とはな」
 緑のポニーテール(ただし硬い)、黄色の目、青い隈取、侍のような格好……十六夜ジャックに似ているが、どう見ても別人であるそれがいる。
 巨大な歯車を浮かせている誰かは、体中に雷を纏っていた。
「十五夜セブンブリッジ、参る!」
(文、無茶すんな!)
 中から弟の声がする。緑色の侍は鼻で笑った。放電は苦手だが、電磁力ならば十八番。雷そのものは絶縁体を持つあの蜘蛛に邪魔されるだろうが、磁力で物理的な攻撃をしかけられる国原文に……十五夜セブンブリッジに、抜かりはなかった。
 ぎゃぎゃぎゃぎゃ、と歯車が猛スピードで回転する。物凄い速さで突っ込んでいく十五夜は、足元に二つ、両肩に二つ、頭上に一つ、計五つの歯車と共に竜の元へ飛んでいった。
「覚悟!」
「ガアアァァァッ!」
 青い炎が迎え撃つ。
 三つの歯車を盾にして、十五夜は突っ込むのをやめない。
 炎が切れた。
 盾にしていたそれらを勢い良く射出する!
 竜の牙が折れ、最後の歯車が眉間に突き刺さった。
「アアアァァァァガアアァァ!?」
「蜘蛛さえいなければ、貴様を痛みから守る手立てはない」
 追撃しようと足元の歯車を浮かせたその時、ドラゴンの拳が十五夜を叩き落とす。
 無理矢理歯車で自分を受け止め、十五夜は再び竜に向かっていった。
 ばちり、と十五夜の足が電気で爆ぜる。
「兄弟が来るまでの間、我と遊んでもらおうか!」
 蹴り上げた歯車が、凄まじい回転と雷を纏い、ドラゴンの顎に突き刺さった。
 
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