〜5〜
囲まれた。
待ち伏せされた。
囲まれた。
スパイダー、心の五・七・五。
マリーン、アート、ボルト、十六夜ジャック、黄昏エース、明星キング……ああ、懐かしい、リジェクト。
清水と共に中庭へ辿り着いたスパイダーが見たものは、勢ぞろいで敵を迎える彼らの姿だった。ボルトなんかは短気な性格だからか、既に充電を完了させている。
だが、充電なら、此方だって完了しているのだ。
「ご主人様」
スパイダーが短く呼びかければ、明るい笑顔のまま、清水が答えた。
「さあ、お食べ」
中庭が爆ぜた。
衝撃で吹っ飛んでいくマリーンやアートを見ながら、スパイダーは自分の主人が変貌していく様を目に焼き付けようとそちらを向いた。
マザーの卵。紫と白の斑模様が清水の体を覆っていく。すぐ後ろの空間にひびが入り、欠けていく。ぎちぎちと音を立てて空間が歪み始める。
「させるかぁっ!!」
ボルトの放電が清水を襲った。
爆発音。
土煙。
笑顔の清水。
清水の前には、スパイダー。
清水を庇った、スパイダー。
「私(わたくし)の存在を無視しちゃ駄ぁ〜目、で御座いますよ?」
「……くそっ!」
こげた。こげたが……無数の糸で自身の体を覆ったのだろう、スパイダーは首をこきこきと鳴らすだけで、傷ついた様子はない。
「ボルト」
「……なんだ、十六夜」
「あいつ、絶縁体の糸持ってるぜ」
「先に言え」
空間が歪んでいく。
卵が脈打つ。
清水を人柱に、世界を食おうと卵が踊る。
「糸は、断ち切るまでだ!」
明星の風。
「僕も手伝う!」
黄昏の氷。
「俺の価値観と……違う」
アートがこじ開けられた空間を閉ざそうと手をかざす。
それら全てを、スパイダーがなしにした。
蜘蛛の糸が清水を守り、空間を閉ざそうとした力に反発しようと糸で空間の端を掴み、無理に広げていく。
「蜘蛛様、おやめください!」
メタルが懇願する。
それでもスパイダーはやめなかった。
自分は清水の味方であると、大々的にアピールしなくてはならなかった。
誰にって。
清水に。
一人ぼっちの、ウィルヘルム・シェーンバッサーに。
「ご主人様のなさる事が、私にとっての、正義」
「拒絶する」
「はい?」
リジェクトが立つ。一番非力だとばかり思っていた蜘蛛の妹が立つ。
何が出来るのか分からない奴だから放っておこうとか思っていたスパイダーは、一瞬にして青ざめた。そうして、放っておいた事を後悔した。
こいつは一番拒絶しちゃいけないものを……!
「マザーの卵がかえることを、拒絶する」
と、くん。
脈打つ力が弱くなっていく。
清水が寂しそうな顔で、自分の腹に巣食う卵を見下ろした。
世界を食えない。斑模様が腹に戻っていく。世界を滅ぼせない。あんなに嬉しそうだった主人の表情が曇っていく。
卵が不機嫌そうに、最後の脈動を伝えた。
清水の腹からもれ出る光。
「あ」
腹部にひびが入っていく。
清水が苦しげな顔つきになる。
無理矢理腹から這い出ようともがく何かが清水の体にひびを入れていく。
「あ……あ……」
声が出ない。
苦痛に身をよじる清水は、涙を浮かべた清水は、手を伸ばした。
スパイダーに。
「ご主人様!」
迷わず清水の手を取る。
清水の体が変わっていく。めきめきと音を立てて。痛みを伴って。
卵はかえらない。
ただ、清水に寄生した。
孵化ではなく、寄生することによって世界を食おうと、そう、シフトチェンジしたのだった。
「そいつが化け物になる前に!」
ボルトの雷が再び清水を襲う。
それを跳ね除けるのはやはりスパイダー。
マリーンが作った水の槍が、スパイダーを貫く。
ふらつくスパイダーに追い討ちをかけるように明星が風の刃で切り裂いた。
清水の頭から、角が生える。
リジェクトが清水の暴走を拒絶しようと……した瞬間、スパイダーが牙をむいた。大好きだった妹でさえ、主人の邪魔になるなら切り捨てる覚悟が出来たのだ。
清水の背から、翼と尻尾が生える。
「ご主人様は! ご主人様は、私が、守ります!」
清水の肌に、鱗が生える。
空間が歪んでいく。
歪んだ空間からは、無数の手が伸びて来る。
無数の手は壁を抉り取り、樹木をなぎ倒し、空間の向こうへ持っていった。
世界を壊す手伝いでも、しているかのように。
「蜘蛛様ぁ! どうか、閣下をお見捨てになってください! どうか、貴方だけでも此方へ!」
メタルの言葉が、清水に刺さった。
本当にいらない子は誰だったのか、はっきり分かった瞬間だな、と、そう思った。
もう、どうでも良い。
全部いらない。
世界なんてどうでも良い。
僕自身どうでも良い。
マザーの卵の餌食になって、皆、皆消えてしまえば
「それは出来ません!」
スパイダーの声。
「あなたには仲間がいるでしょう。しかしご主人様には、私しかおりません! 私は、ご主人様を一人ぼっちにさせないと決めています!」
スパイダーの声。
「私は、私だけは、ご主人様の味方なので御座います!」
スパイダーの声。
ドラゴンと化していく清水の胸に、確かに響いた、蜘蛛の声。
あぁ。
お前って奴は。
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