回廊消失
マザーの卵は、孵化すれば時空を歪ませる。
時空が歪めば、化け物を呼び込む。
そうして世界を食らうのだが、卵をかえすには媒介が必要だった。
根源が揺らぐほどに情緒が弱弱しい、人間という媒介が。
「……ねぇ」
「はい」
椅子に腰掛けた姿勢で、清水は呟く。後ろに控えたスパイダーが返事をするのも待たずに、清水は持っていたペットボトルの飲料を床にぶちまけた。
文句も言わずにふき取るスパイダーの背を踏みつけ、笑顔を浮かべたまま、再び呟く。
「あの学園、まだ持ちこたえてるってね?」
「申し訳御座いません、ご主人様」
「お前も負けたしさ、お前の部下も負けたしさ、役に立つ子なんて残ってるの?」
「申し訳御座いま……あっ、もっと踏んで」
Mが発生した。
にこやかにスパイダーを見下す清水は、分かっている。自分の役に立つ輩など、スパイダー以外にいない事を。自分を主人と認め、従い、受け入れている存在など、スパイダー以外にいない事を。
回廊の輩はいらない子ばっかりだったね、と告げれば、スパイダーはそんな事を仰らないで下さいまし、と遥か下から声を出す。頭を踏んでも文句一つ言わない。有り難う御座います、と返ってくるのみだ。
それが清水には心地よかった。
「あのね、僕、そろそろあの学園を潰しに行こうと思うんだ」
「ご主人様、自らで御座いますか……?」
「それ以外にないじゃない。文脈と雰囲気で察しなよ、ぐず」
「あん、もっと罵ってv」
清水は自分の腹を撫でる。この姿になっても恐れずついてくるのは、やはりスパイダーだけだった。
「この子だって、あの学園でかえりたいって言ってるしさ」
清水の腹には、紫と白が斑に入り混じった卵がついていた。
腹と卵の境が分からないほどに、深く融合していた。
まるで妊婦のように自分の腹に植えつけられた卵を撫でる清水を見て、スパイダーは黒い布の下、静かに微笑む。
主人と共に堕ちる覚悟は出来た。
← →