〜10〜
「お兄ちゃん、大丈夫?」
隣で磔にされている兄に、同じ体勢の黄昏が尋ねる。首から上だけは辛うじて動くらしく、明星も黄昏の方を向いていた。
「エースは大丈夫なのか? ……苦しいだろう」
「ううん。僕、平気だよ。頑張れるよ。戦士だもん」
机も椅子も無い空の教室が、白くてぶにょぶにょした壁に侵食されていた。
壁は厳密には壁でなく糸の塊だったのだが、もはや一本一本という概念は消え去っている。全てがくっ付き、一体化していた。
「ふっふ〜ん」
開け放たれた窓に白い幕を作り上げ、スパイダーは其処に腰掛けている。背もたれ代わりの蜘蛛の巣が柔らかく黒子を受け止める。
目の前でお互いを心配しあう兄弟に、スパイダーは布の下で笑みを浮かべた。
素晴らしきかな兄弟愛。
自分には既に無い物だから尚の事素晴らしい。
二人の戦士の手首には、未だに緊急信号を発している通信機。
「これだけ呼んでるのに来ないで御座いますねぇ」
笑いを含んだ声で明星と黄昏に言えば、二人は黒子を睨んだようだった。肩を竦めてスルーする。
何か言おうものなら許さないと、二人が風や氷の気配を強めるのを感じ、上機嫌に踊る黒子は小さく拍手をし、口を閉じた。
見捨てられちゃったのかな?
そう、言ってやりたかったのだけれど。
「わぁお……思ってたより出来る子じゃないか」
薄暗い紫色の空間。豪華な黒いクローゼット、黒いソファ、黒いベッドと、紫と黒のチェック模様が織り込まれたカーテン。
紫色の薄型パソコンから見えるのは、森学園の生徒たちや学園祭の様子、そして窓枠に寄りかかるスパイダーの姿。
清水は薄ら笑いで黒子の様子を眺めていた。
『ご主人様』
いつだって嬉しそうに拳を浴びていた黒子。
清水が不機嫌な時も不安定な時もその暴力に文句一つ言わず、もっともっとと必要とさえした黒子。
今はもう清水の背を軽く越してしまったし力も強くなっているだろう。その上実験によって蜘蛛の遺伝子を組み込まれているのだ。本気になれば清水に仕返しする事くらいは出来るかも知れない。
そうなったら返り討ちにして血反吐を吐かせるつもりではいるが。
「流石、僕の忠実な実験体……良い子だね、スパイダー」
うっとりとした様子で、清水は呟いていた。
もし、蜘蛛が清水の手から奪われたら……。
その時は。
「本気で、学園ぶち壊しちゃうかもねぇ?」
清水は本当に、うっとりしていた。
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