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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
蜘蛛の過去

「他人に迷惑をかけたら大体地獄いき」
 学園を走っていたらプールに出てしまった。戦士を倒す目的があって、学生を襲う任務を背負っていた私(わたくし)だったけれど、昨日の夜は誰も見ていなかったし、監視されてもいなかったので、呑気につかの間の会話を楽しんだのだ。
 本物の蜘蛛さんとお話した。可愛かった。私は気持ち悪い顔なので布で隠す他無いが、あのお嬢さんのようになれるのなら、実験台も悪く無いのかも知れない。




「何度言ったら分かるんだい? このグズ」
 鞭がしなる音。蹴る音。平手で打たれる音。
 子供が泣く声。怯える姿。何度も聞こえるごめんなさい。
 今から十三年かそこら昔の話。
 様々な世界から集まった孤児たちが、回廊で育てられていた昔。
 人材も無く、兵士を作り出せる技術も未完成だった組織は、子供を育てて兵士として使っていた。私も妹もそうだった。
 装置を盗み出したり邪魔者を消しにいったり、それらは全て子供たちの仕事で、幼いうちから慣れていけば大人になる頃には何も感じない忠誠心の塊になるだろうという目論見だったようだ。
 達成して当たり前。出来なかったら仕置きという名の地獄が待つ。それが幼い私たちのマイホーム。悪趣味なマイホーム。
 素顔は見せなくて良いとの事だった。
 興味が無いから。
 本名も捨てて良いとの事だった。
 どうせ呼ばないから。
 そんな素敵な、マイホーム。
「リジェクトさあ、言葉遣いに気をつけなって言ってるじゃん」
 何度も蹴る音が聞こえた。仕置きの最中は部屋に入ってはいけない事になっていた。邪魔をしたら巻き添えを食らう。閣下に逆らったらいつもそうだ。
「なんでそう生意気かな? 敬語で喋りなよ、馬鹿」
 マリーンは閣下を止められない。閣下が怖いから。捻じ込まれた恐怖感に逆らえる術を知らないから。
 ボルトもアートもぐったりしていて止められない。彼らは任務を失敗して、先程殴る蹴るを受けていたから。
 やめろ、二人を殴るなと、二人への暴行を『拒絶』したあの子は、代理の藁人形と化していた。打ち込まれるのは釘じゃなくて拳とつま先と、罵声。
 殴る音。
 背筋がぞくぞくする。
 蹴る音。
 胸が高鳴る。
 罵倒する声。
 我慢できない。
 仲間が止めるのも聞かず、私は扉を開けてしまう。
 笑っている閣下と転がっている『妹』を見て、言ってしまう。
 これが私の戦いで。
 そして、逃避だった。
「んもう! リジェクトばっかりずるいで御座います! ご主人様、この卑しきメスでもオスでも無いブタをズッコンバッコン痛めつけて下さいませ! リジェクトなんか放っておいて、私に快楽をプリーズで御座いますっ!」

「は、何? お前とうとうMに目覚めちゃったの? あはは! 笑えるねぇ! 僕に従順なペットが育ってたって事か!」
「はいで御座います、ご主人様!」
 ぼんやりと私を見つめるリジェクトを、あえて無視した。
 お前の兄兼姉は、こんな変態に育ちましたよと、見せ付けてやった。
 さあ、私から全速力で離れなさいませ。そうして、あの三人とたむろして、いつか自由なお空の下へお逃げなさい。私が暴力の大半を請け負うから。
 お前が助けに来たいと思わないよう最低最悪なお兄ちゃんお姉ちゃんになりますから、だから、この組織に反感を持ったお前がそのまま育ちますように。
 此処から逃げて、二度と戻ってきませんように。

 殴られた。蹴られた。縛られて水をかけられて貶された。

 これは気持ち良い事だと何度も何度も思い込んでいたら、そのうち本当に気持ち良くなってきた気がしたので、そうなんだと思う事にした。
 こんな役を引き受けておいて何で御座いますが、児童虐待反対。マジで。
 閣下の気持ちも分からなくは無かったけれど。
 故郷を滅ぼされて、味方が誰一人いない状態からスタートして、自分の世界がぼろっぼろのカスみたいになっているのに別の世界じゃ誰かが幸せそうに笑っていて家族も家も国もあって、一人でマザーの卵を恨んでいる自分が阿呆みたいに見えてそれが許せなくて。
 不安だから苛立つから一人きりだから、周りに当り散らしていて。
 なので、どMになった。
 暴力という暴力の大体を私が受ける事で、従順な犬ころがいる事で、余裕ぶれるだけの余裕が出来れば妹たちは殴られずに済むと思った。
 閉鎖的な空間で長い間育てられていた私たちは、次第に外の世界の『常識』やら『倫理観』やらを忘れていったし、学ばずに年齢を重ねていった。だからもう何も分からない。グシャグシャの愚者だ。
 回廊は地獄っぽい。
 地獄っぽいというだけで、本物を見た事がないから比べようはない。
 死んだら実物を見られるだろうか。

 閻魔大王の前で、回廊は愚者の集まりでしたと言えるだろうか。

「スパイダー、何処に行ったんだい? 実験始めるよー」
 閣下の声。
 私の能力を見て思いついたらしい、閣下の実験。
 私に蜘蛛の遺伝子を注入し、次第に蜘蛛に近づけ、能力の強化と身体的な変化を見る実験。通称、どMホイホイ。
「はぁーい! 此処で御座いますご主人さまぁーっ!」
「あはは、遅いよスパイダー。後で蹴飛ばすからね」
「遅れたのにご褒美で御座いますか、ご主人様! スパイダーめは嬉しゅう御座いますぅ……!」
「あー、そうか。お前じゃお仕置きにならないんだっけ、あはははっ」
 目玉が増えていったのはこの頃だったっけ。
 顔を隠す布が必須になったのは、この頃からだったっけ。
 いつか、本当の蜘蛛になれるだろうか。



「うーん……私(わたくし)の周りって、愚者っぽいどばっかりなので御座いましょうかねぇ?」
 学園の渡り廊下の上で夜明けを眺めながら、物言わぬ、というか閣下に逆らわぬ死神――デスに声をかけた。
 無視された。
 いやん、放置は苦手よ死神さん!
 光が強くなってきたので、私はひっそりと移動する事にした。また後で、とデスに声をかければ、鎌を持ち上げる音がする。
 さて、お仕事お仕事。
 今日も一日、楽しい楽しい蜘蛛さんで御座います。
 
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