〜3〜
一度に拒絶できる事象は二つまで。
確かこの骸骨はそう言った筈だ。
痺れる体で、十六夜……の中の国原は考えていた。十六夜は先程から苛立ちまくっているせいか、何かを考えられる状況ではない。
「(くっそ!せめて体が動きゃあよ!!)」
(あの人、反撃と防御を拒絶したんだっけ)
「(今更何言ってんだ!そのせいで苦戦してんだろうが!)」
暗転しかける視界でリジェクトを捉える十六夜が、呑気に思い出している国原へきつく言い返す。骸骨が近づいて来るのに、十六夜が立ち上がる。
「まだ元気があったんだ?まあ、良いよ。フルボッコにするから」
骸骨の怪人物が、腕を引いた。
拳が飛んでくる。分かっているのだが、体が防御体勢をとってくれない。
「(くそっ……!!)」
衝撃を予想した十六夜に、内側からの叫び声が響いた。
(横に飛べ、ジャック!!)
「(は!?)」
(早くっ!)
国原の真剣な声に、十六夜は思わずその通りにする。ふらつく足で床を蹴り、倒れるように飛んだ。顔の横を拳が掠めていく。
「マジかよ!?」
「……ちっ」
国原の指示通りに避けられた拳に驚き半分、がっかり半分で十六夜が声を上げる。
骸骨の舌打ちが本当に悔しそうに聞こえた。
(骸骨は反撃と防御を拒絶した。……でも、回避は拒絶してない)
「(そういう事は早く思い出せよ!ボコボコにされちまったじゃねぇか!!削られた俺の体力返せ、畜生!)」
(今思いついたんだもん)
「(てめぇ抜け抜けと)」
ふらつきながら立ち上がった十六夜に、今度は骸骨の蹴りが襲う。
またしても国原が内側で指示を出した。
(倉庫ボロボロだし、今更気遣っても遅いよね?)
「(あぁ?)」
(放電しよう)
「(反撃は拒絶されてんのにか!?)」
リジェクトの足を何とか避けて、狭い倉庫を逃げ回る十六夜。何を考えているんだと国原を問い詰めるが、良いからやれ、の一言が返るのみだ。
「避けられる事に気づいたのは褒めてあげるよ。けど、それだけだろ?」
リジェクトは床を蹴る。一気に十六夜との間合いを詰めた。
十六夜の肩を掴み、逃げられるのを防ぎながら拳を振り上げる。
十六夜は、意を決した。
「お前に褒められても、嬉しくねぇんだよおぉぉおっ!!」
倉庫に光が満ちる。直後、いくつもの破裂音が響き、唯でさえボコボコだった倉庫の扉が吹っ飛んだ。
リジェクトの体を電流が襲う。放電できた。雷を発した事に最も驚いたのは、放電している張本人の十六夜だった。
「……が……ぅ」
声にならない呻き声を上げ、膝を突くリジェクト。
しかし諦めた訳ではないようだった。首に手をかけ、絞め殺そうと力を込めてきたのに、十六夜は再び電気を流す。
爆ぜるような強い衝撃に、リジェクトはついに、仰向けに倒れこんだ。
戸惑いながら、十六夜が内側に声をかける。
「(どーいうこった……?)」
すぐに、国原の声が返った。
(一度に拒絶できる事柄は二つまで。骸骨はさっき、『閣下』とかいう人の拒絶を拒絶していた。という事は、反撃か防御、どちらかの拒絶がリセットされた可能性がある。防御体勢が取れなかったなら、リセットされたのは最初の『反撃』だろうって、予想したんだけど……)
苦しそうにうずくまり、痙攣する体を押さえつけているリジェクトを見下ろしながら、十六夜はひきつった笑いを浮かべていた。
んな事すぐに思いつくか普通。
っつうか思いついた瞬間に俺に教えてくれよ相棒。
(当たったね)
「(いや当たったねじゃねぇよ。マジで削られた俺の体力返せてめぇ)」
(今思いついたんだもん)
自分の体が軋むのを他人事かのように流す国原は、なおも呑気に声を上げる。
自分の中に突っ込みという名の怒鳴り声でも轟かせてやろうかと思った瞬間、足首に強い圧力を感じ、十六夜は内側での会話を中断した。
下を見る。
リジェクトの恨みがましい目と、視線があった。
倒れた彼女が、震える手で十六夜を掴み、見上げていた。
「……くそ……」
搾り出すような声で、骸骨が呻く。
「もう一発ぶち込んでやろうか?」
十六夜は虚勢を張る。余裕な振りでもしなければ、この骸骨に漬け込まれる。
リジェクトは十六夜を見据えたままだった。
「何で邪魔するんだ」
「ダメージ量はイーブンだ。まだやるか、てめぇ」
「僕が負けたら、あいつら死ぬのに」
会話が成立していないのに気づいた。死ぬ?ボルトも、マリーンやアートとかいう構成員も、皆許された筈ではないのか。
「お前、何言ってんだ……?」
「お前っ!!」
十六夜が訝しげな声を出した途端、リジェクトは弾かれたように立ち上がり、十六夜の頭を掴んだ。あまりにも勢いが良かった。
「おぅわ!?ちょ、何だ何だ何だオイ!?」
「閣下は!約束なんか!守らない!!拒絶を拒絶されただけで!約束を守るか守らないかは!別問題なんだ!!」
「は!?じゃあ約束した意味ねえじゃねえかよ!」
「だから君に勝つ必要があったのに!」
被り物の下から、水が滴り落ちた。
それが彼女の汗なのか涎なのか涙なのかは知らない。断続的に零れる雫と上ずった声が、倉庫の空気を支配していた。
「君に勝ったら、本当に考えて貰えるかも知れなかったのに!!」
ふたたび繰り出される拳。硬い音を立てて十六夜の頬に当たり、倒れこんだ所に蹴りが何発も入れられる。リジェクトは本気で怒っているようだった。
リジェクトは本気で。
泣いているようだった。
「綺麗にカウンターくれやがってさ!台無しじゃないか!僕も要らない子になった!これで……これで、あいつら、殺される事になっちゃったじゃないか!!」
のんびりした骸骨は何処へやら。
喚いて、怒って、癇癪を起こして、十六夜に当り散らす拒絶屋が残るのみだった。
負けたリジェクトが、十六夜を恨むばかりだった。
勝負を見届けたクローバーたちが無情にも引き上げていく。
ぽつねんと残された十六夜と、見放されて泣きじゃくる骸骨が、倉庫にとどまり続けていた。
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