〜2〜
倉庫の扉に何かがぶつかる音が続く。
何度も何度も低い音を立てて打ち付けられるのは、抵抗もままならずに肩で息をする十六夜だった。
繰り返し頭のみを蹴られ、うめくしか出来ない十六夜に、リジェクトが言う。
「君を倒したら、僕、それなりに褒めて貰えそうだね」
「……嬉しそうにゃ、聞こえ……ねぇな」
「煩いよ。君は黙って僕に潰されれば良いんだ」
首に踵が入った。
咳き込む十六夜のこめかみに蹴りを入れるリジェクト。
倉庫の扉が、度重なる衝撃でひしゃげていた。
リジェクトが十六夜の頭を踏みつけようと、足を高く上げる。
その瞬間、緑色の影が十六夜の前に飛び出してきた。
小型のスピーカーと、四角いマイクを持って。
クローバーが片足を上げたままのリジェクトにマイクを差し出す。骸骨の彼女が受け取った直後、スピーカーから、青年の声が響いた。
『やあ、リジェクト。頑張ってるみたいじゃない?』
「……閣下」
骸骨の声が、苦々しいものに変わった。
閣下こと清水、清水ことグラン・テンペストが、連絡を入れてきたのである。
「今更、何の用です。僕は今忙しいんです、さっさと用を済ませてください」
『つれないねぇ?昔から可愛くなかったよね、お前』
「要件は?」
『そう急がなくても良いんじゃない?』
「無いなら切ります、さよなら」
冷たく、そっけなく、骸骨は返し続けた。扉に寄りかかる十六夜にもはっきりと分かる。こいつは、閣下とやらを嫌っている。
通信機の向こう側で、男がため息混じりに笑った。
『オーケイ。分かったよ。といっても、頑張ってるのを褒めようと思っただけなんだけどさ。何かご褒美でもあげようか、なんて』
「へぇ、褒美?気前が良いんですね。高みの見物をしてると、そんなに余裕でいられるものなんだ。羨ましいな」
『小さな頃から変わらず反抗的だね、お前はさ。僕まで拒絶する事ないじゃない』
「褒美を下さいよ。今から言いますから聞き逃さないで。聞き逃したら一生閣下を拒絶して呼び出しにも応じませんよ」
『……人の話聞かなくなってない?まぁ、良いよ。分かった。言ってご覧』
十六夜の事などそっちのけで毒づき始めた骸骨は、上司であろう清水にも手の負えない輩であるらしい。勝手に話を止めて、勝手に話を進めるリジェクトに、通信機の声が苦笑いを零すのが分かった。
骸骨は、十六夜の頭を掴む。それをクローバーの腹の目が確りと見つめる。恐らく清水が見ているだろう。
彼女は目玉を覗き込んだ。
「ボルト、マリーン、アートを許してやってください」
『何だって?許せって、殺すなって事?』
「そう」
『そんなの……あれ?その提案には……あー……』
スピーカーから流れる声が、淀んだ。
困ったように唸る声が倉庫に届く。
やられたな。
清水は確かにそう言った。
『僕の拒絶を拒絶したな?リジェクト』
「閣下、返事は」
『イエス、と言うほかないじゃない。拒否の言葉をお前に封じられたんじゃあさ』
「そうですか、どうも有り難う。じゃあさよなら」
乱暴にマイクのスイッチを切る。スピーカーを持ち上げて投げた。そこらの授業に使われる道具に衝突したスピーカーが甲高い音を立ててショートする。
骸骨が、ぐるりと十六夜に顔を向けた。
目の位置にある窪みからは、強い光が発せられていた。
「そういう訳で、僕は負けられない」
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