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〜4〜

 十年前。国原と十六夜がまだ八つの頃。
 父に連れられて登った山の開けた土地に、そいつらはいた。
 探検と称して父から離れない程度に歩き回っていた一人の双子は、父に土産を渡してあげようと、小高くなっている土の山へよじ登っていた。
 きらきらと光る赤と青の何かを見つけたからだった。
「あっ!」
 文が足を滑らせ、土山から転げ落ちる。下は固い地面だったので、文は目をきつく閉じた。どれ程痛いのだろうと恐ろしく思った。
 直後、滑々とした何かに受け止められる。
 目を開けると、そこにいたのは。

「あ、へびだ」

『……偉く淡々とした反応だな、小娘』
『我等の鱗に興味を持つとは、珍妙な人間よ』
 巨大な赤い蛇と、青い蛇。二匹を見て恐れるでも無く、ただ現実として受け止めた文が、蛇に座ったままぽかんとしていた。
 恐ろしく無い訳では無い。
 未だ現実として認識しきれていないだけである。
「へびだ」
 文はぽつりと呟く。
 大きな目玉に見据えられているのを自覚すると、ようやく顔を歪ませた。
「へび……」
『どうした小娘』
「うわあぁぁぁーっ!!」
 赤い蛇に問いかけられた瞬間、目の前の大事件に弟の方が飛び出し、絶叫と共に雷を滅多打ちする羽目になるのだった。


「へび、焦げてごめんね」

 半べそをかいて謝る文がいた。所々黒くなっている二匹の蛇を撫でながら、痛かったね、痛かったね、と涙を浮かべる。
 赤い蛇はしゅうしゅうと怒りに震えていたが、青いほうの蛇は静かに文に擦り寄っていき、こう言った。
『雷の力を抑えきれぬか』
「うん。学が雷を出すと、みんな焦げ焦げになるの。……私は雷を出すのが怖いから、ちいちゃいのしか出せなくなっちゃったの」
 身長百二十センチそこらの文に比べ、二〜三メートルはありそうな蛇が鎌首をもたげる。青い蛇は土山を這うと、輝く鱗をくわえて戻ってきた。
『これが欲しいのか』
 綺麗な赤と青の、透き通った欠片に、八つの少女は目を輝かせた。
「お父さんにあげるの!」
『そうか、ならばくれてやろう』
 青い蛇が口を開ける。鱗がはらはらと落ちてくる。
 文は一生懸命しゃがみ、地面に降って来た鱗を拾い集めて、肩から下げていたカバンに詰め込んでいった。
「ありがとう、へび!」
『我が名は蛇橋彦』
「じゃばしひこ?」
『いかにも。そして赤き蛇は山菅彦』
「やますげひこ」
『かの勝道上人を助けた、山菅の蛇橋の子孫だ』

「しょーどー……誰それ」

 時間がただ流れた。無言の間が空いた。
 硬直したように文を凝視する二匹の蛇は、揃って口をぱかりと開く。
 そして、古めかしい言葉を使っていた先程とは違い、どうにも現代的な口調でこう告げるのだった。

『『マジか』』

「何とか商人って、何を売る人?」
『おお時代の流れは何と残酷な』
『小娘、山菅の蛇橋を知らいでか』
「だって栃木の子じゃないもん」
 喋る蛇に違和感を覚えない八歳児は、慣れてきたらしく、ぷいぷいとそこらを歩きながら蛇との会話を楽しんでいた。
「へびは偉いへびなの?」
『偉い蛇の子孫なのだ』
「じゃあ、君たちは偉くないの?」
『……まあ、先祖よりは神格は劣るがな』
「先祖が校長先生だとすると、今のへびは何先生くらいの偉さ?」
『『何故それで例えるか』』
 山菅の蛇橋、八歳児の発想にこてんぱんにされる。
 相手が二荒山の使いの子孫だとはこれっぽちも思わない子供は、ねえねえ、へびは冬にねるって本当? だの、へびの骨は何本? だのと質問を繰り出している。
 二荒山の化身である蛇の使いたちは、マイペースになってきた少女を見て片方は困惑し、片方は静かに笑っていた。

 赤い蛇は、気を取り直して言う。

『小娘。貴様らの能力を制御出来るよう、協力してやろうか』

 青い蛇は、笑みを浮かべて淡々と言った。

『我等の要求を呑めるのならば、な』




 力を制御する協力をしてやる代わりに、十年後、神格を子孫へ受け継がせる為に山菅彦、蛇橋彦の兄弟蛇の伴侶となる事。




『そういう約束だったな? 文』
 裏庭で赤い蛇の山菅彦が、赤く滾るような舌を覗かせながら文ににじり寄る。
 青い蛇の蛇橋彦はとぐろを巻き、文と学の一人双子を静かに見つめていた。
『さあ、我等と婚姻の約束を果たして貰おうか』
 山菅彦の声がぴりぴりと空気を震わせる。赤い蛇の性格がとても十六夜に似ていると思った国原は、くすりと笑みを零し、蛇兄弟を見つめ返した。
『我等が伴侶よ、二荒へ』
『一生涯を血筋の存続へ』

『『さあ』』
 
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