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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
ハロー、ハーデンベルギア 5
 テルテルボーイが通う中高一貫校が夏休みに入ったと連絡を受けたのは、六月の終わり頃だった。
 出された課題を片付けるのに忙しく、ケビンに会う暇がない。とメッセージには書かれており、どうにかして再び会いたいケビンマスクと対立する形になっていた。
「課題なんか代行サービスに片付けてもらえばいいだろ。そういう商売が横行してるの知ってるぜ」
「オイラは駄目。自力でやんなきゃ」
「なんで」
「オイラ、学校での成績いいんだ。だから代行サービスなんて頼まなくても、自分で全部片付けられるだろって、親が」
「成績がいいのはすげえな」
「まあ、半分ズルだからな」
 カンニングでもしているのかと疑ったケビンだが、そうではないらしい。テルテルボーイいわく、前世の記憶で充分お勉強ができてしまうとのことで、教えなくとも大体をこなせるテルテルボーイに親は全幅の信頼を置き、「きちんと自分で」やることを求めているのだそうだ。
「まずった。なんにも知らないふりして中の下の成績でいればよかった」
「お疲れさん」
 今頃、遠い目をしているだろうテルテルボーイに一言を返して、ケビンマスクは小さく笑った。

 やっと課題が全部終わった、という連絡がきたのが、七月の終わり頃である。なんでも学校だけではなく塾からの課題もあったらしく、もうしばらく勉強はいいや、と愚痴をこぼす十四歳だ。
「夏休みっていつまでなんだ」
 ケビンからの問いかけに
「九月が始まる頃までかな」
 そう返すテルテルボーイは、きっと今、画面の文字すら見たくないだろう。
「息抜きに旅行でもしにきたらどうだ、テル」
「しにきたらってことは、ケビンの住んでるとこまで来いってこと?」
「今日本にいる」
「日本で芸能活動してるんだっけ」
「おう。久しぶりに会いたい」
 しばらく間が空いた。十分か、二十分か。それから通知音が鳴って、メッセージが表示される。
「日本に家族旅行しに行けることになった」
「家族ぐるみで来るのかよ」
「そりゃそうだよ、オイラ十四歳だもん」
 できればサシで会いたいのだが。
 ケビンマスクの小さな願望は、未だ叶えられそうになかった。

「会えるんだからいいだろ」
 MAXマンに愚痴をこぼすため電話をしたところ、なんともドライな一言が返ってきた。MAXマンは現在、アメリカで陸上選手として活躍しており、日本に立ち寄る余裕はないらしい。テルテルボーイが中学生で、と伝えたところで大笑いし、ウケる、あいつ俺らより年下なのかよ、とヒイヒイ言っていた。
「また三人でつるみてえ」
 ケビンマスクがボソリと呟く。
「なんだ? 寂しがり屋の構ってちゃんかよ、ケビン。俺の写真でも送ってやろうか」
 MAXマンの挑発的なセリフに、喧嘩を買うでもなく、おう、としおらしい返事をよこすケビン。MAXマンは笑い死ぬかと思ったという。

 空港に悲鳴が上がる。無理もない。芸能人であるケビンマスクが堂々と立っているのだから。
 本来ならばどこかへ旅行に行く彼を、もしくは旅行から帰って来た彼を、ファンが待ち受ける図になるだろう。しかし今回は何もかもが違う。
 芸能人であるケビンマスクが、香港から来た一般人の十四歳を、今か今かと待ちわびているのである。女性からの黄色い悲鳴もどこ吹く風といった様子で、鉄仮面の彼は胸を高鳴らせていた。
 わらわらと人が出てくる。
 神経を張り巡らせて、黒いエナメルのジャケットを探す芸能人。家族連れが何組か通り過ぎていくのを見送った直後だった。
「あっ、本当に迎えに来てらぁ」
 呆れたような、驚いたような、それでいて、嬉しそうな声が聞こえたのは。
「テル……!」
「よお、来ちゃった。……あ、父さん、母さん、この人がケビン兄ちゃんだよ」
 ケビンマスクはピタリと固まる。今、目の前の真っ黒な超人は何と言った?
 ケビン兄ちゃん?
 反応しきれずにいるケビンマスクに、テルテルボーイの両親はにこやかな表情で頭を下げていた。
「息子に英語を教えてくれるメール友達の方ですね、いつもありがとうございます」
「そうそう、オイラの英語の先生なんだ。……ね? ケビン兄ちゃん?」
 なるほど、合点がいった。
 テルテルボーイはスマホを取り上げられたその時、メール相手であるケビンマスクを「イギリス人のお兄さん」だとでも説明したのだろう。
 英語を教えてもらっている。その証拠にメッセージのやり取りはすべて英語である。とかなんとか言って、見逃してもらったのだ。
「……初めまして。ケビンマスクだ。テルは語学の吸収が早いから教えがいがある」
 ケビンマスクのセリフに、テルテルボーイの両親はとても嬉しそうな表情をしていた。
 無言で汗を拭うテルテルボーイの姿が見えた。
 少し笑った。

 一家に観光地を案内しながら、ケビンマスクはテルテルボーイの隣を歩いた。姿形こそ違うが、目つきも声も話し方も前世のままなテルテルボーイを見ていると、ついdmp時代を思い出しそうになる。
「そういえば、今世は何の機械超人なんだ、テル」
「携帯電話だよ、今も昔も変わらず」
「……人間みたいな見た目でか?」
「そう。でも携帯会社と契約してないから、この体に通信機能はなし。ボディに機械が詰まってるのは相変わらずだぜ」
 へえ、と相槌を打つ。青い鉄の仮面をかぶった芸能人は、そうだ、と十四歳の耳元で囁いた。

「香港では、親の承諾を得ていれば、十六歳で結婚できるっていうのは本当か?」

「……今世じゃまだそんな関係じゃないだろ、ケビン兄ちゃん」