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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -
ハロー、ハーデンベルギア 4
 黒い短髪、三白眼がかった瞳、顔の下半分を隠す黒地のマスクに入った、黄色い電の文字。丈が短く黒いエナメルのジャケットと、同じく黒い短パン。赤く太い靴紐が特徴的な黒いブーツを履き、黒電話を模したかばんを肩から下げている。
「正体隠す気あんのかよお前」
 ケビンマスクからの一言に、一七〇センチはある少年が眉をひそめた。
「なんで隠さなきゃならねえんだよ」
「俺に会いたくねえみてえな返事ばっかりだっただろう」
「会いたくねえわけじゃねえんだって」
「じゃあなんで逃げた。通知が鳴った時にやべえって焦ってた理由は?」
「ぐ……」
 身長差、四十八センチ。狭い路地裏で逃げ場を奪うように屈むケビンマスク。少年はバツが悪そうに視線をそらし、こめかみを指先でカリカリと掻く。
「えっと、実はオイラはテルテルボーイじゃなくってですね」
「ダウト。声がもろテルテルだろうが。あと仕草。一人称。さっきの会話との矛盾点」
「お前芸能人やめて探偵になったら?」
 汗を垂らしながらツッコむ少年に、ケビンマスクの手が伸びる。自称テルテルボーイじゃない真っ黒な少年に手が届く直前だった。

「ケビンさーん。ケビンマスクさーん」

 休憩時間は終わり、撮影のスタッフが鉄仮面の彼を呼んだのは。
「……ちっ」
「行かないのかよ、ケビン」
「お前も連れて行きてえ」
「ハイ駄目ー。未成年者略取ー。それにオイラこれから塾だから」
 ケビンが行ってしまうと分かった途端にこの余裕ぶりである。真っ黒な少年はケビンの背を押し路地裏からむりやり追い出すと、軽やかな足取りで鉄仮面の超人とは逆方向に駆けて行った。
「ここにいましたか、ケビンさん。次の撮影場所に行きましょう。九龍を背景にケビンさんが歩くところからのスタートになります」
「……ああ」
 テルテルボーイに拒絶されている……?
 妙な寂しさを覚えながらロケ車に乗り込むケビンであった。

 日本のテレビで放送されたケビンマスクの原風景は、大変好評だった。普段は自分のことをあまり語らない彼だったので、見る者は皆、興味津々といったところで、SNSには感想やケビンマスクへの熱い想いなどが書き込まれていった。
 それどころではないケビンである。
 せっかく会えたテルテルボーイらしき人物の、あまりに塩っぱい対応に、気持ちの整理が追いついていない。愛想笑いの一つでもしてくれたって、と考えた直後、あの人懐こい超人が自分によこすのが愛想笑い、という世知辛いところでダメージを受け、項垂れる。
 もしかして自分は嫌われていた?
 大きなため息を一つ。ケビンはテルテルボーイへメッセージを送ることにした。
「会いたかったのは、俺のほうだけだったんだな。悪い。お前がそこまで嫌がってるなんて知らなかったんだ」
 テレビの中ではケビンマスクが格好つけて人生を語っている。香港では流れていないだろう。テルテルボーイの目にケビンマスクが映ることなんて、おそらくもう無いのだ。
 スマホをソファに投げ捨てて、冷蔵庫にある缶ビールを取りに行く。ガパン、と冷蔵庫が開いた直後、スマホの通知音が鳴り響いた。
「だから会いたくねえわけじゃねえんだって言ってんだろ馬鹿!」
 急いでスマホを拾い上げる。ケビンマスクは訳がわからないといった表情で画面を見つめ、怒れるテルテルボーイに、恐る恐る返信を打ち込んだ。
「なら、なんであの時、嬉しそうじゃなかった」
「前のオイラと見た目が全然違うからだよ」
「前って……前世のことか?」
「何お前、超人レスラーだった時の記憶、前世なんて呼んでんの? ロマンチックだな」
「うるせえ」
「まあいいや、その前世のオイラの外見と全然違ってて、オイラ自身がドン引きしてんの。しかも十四歳だろ。ガキだぜガキ。それでどうして」
「どうして……なんだ?」
 そこで返信は途切れた。たっぷり二時間は途切れた。どうにも消化不良な思いでスマホをいじっていたケビンマスクの手元で、スマホが通知音を鳴らす。メッセージアプリを起動させると、そこには不機嫌なテルテルボーイからの一言が書き込まれていた。

「勉強中にスマホで遊ぶなって親に説教されてた」

 ぐふっ、と噴き出すケビンマスク。そうだ、現在テルテルボーイは十四歳。超学歴社会である香港で暮らす、中学生。
 あまりにケビンとの連絡が多かったものだから、「それでどうして」と打ち込んだ直後に親がスマホを取り上げて、そのまま説教に持ち込まれてしまったらしい。
「マナーモードにはしたのか?」
「もちよ」
「これ以上テルが叱られないうちに俺の思いを伝えておくぜ。俺はお前がどんな姿でどんな年齢だろうと構わねえ、また前みたいに会いたい」
「年齢は構えよ」
「お前が好きだ。前世からずっと」
 本当ならば面と向かって言いたかったところだが、仕方ない。テルテルボーイという人格が……今、こうしてケビンと関わり、怒ったりツッコんだりしているその中身が、以前からずっと好きだったのだ。
 ケビンマスクのメッセージを読んだのだろうテルテルボーイから、返信はなかった。
 それから三時間たってからだ。
「恥っず」
 とだけ返されたのは。

「随分とレスポンスが遅かったみてえだが、その間たっぷり説教でもされてたのか? 十四歳のテルテルボーイくん」
「うるせえ、もう返事してやらねーぞ」