ハロー、ハーデンベルギア 3
テルテルボーイのテスト期間が終わった頃、教えられた連絡先にメッセージを送ってみることにした。
「今どこに住んでるんだ」
「知らないお兄さんに個人情報は教えられねえな」
「知らない仲じゃねえだろ」
「息子がいきなり素行の悪い野郎をうちに連れ込んだら親が驚くだろ?」
ケビンの尋ね方も尋ね方だが、頑なに住所を教えないテルテルボーイもテルテルボーイである。
「会いたい」
ケビンの率直な文面に返るのは
「(笑)」
どこか真剣味に欠ける一言だった。
「……くそっ」
ソファに乱暴に寝転がるケビンマスクは、難航するテルテルボーイとの再会に舌打ちをした。
何かと理由をつけて会わないよう会わないよう避けている気がする。テルテルボーイの態度を思い出しながら疑念を抱いたケビンが、テレビのスイッチを入れたその時だった。
「アジアの絶景スポット巡りの旅ー!」
はしゃいだアナウンサーとタレントが、拍手をしながらそう口にしたのは。
「……これだ」
ケビンの暗く低い声が、部屋に響いて消えた。
「俺、香港に行くことになった」
テルテルボーイにメッセージを送る。返信はすぐにきた。
「は?」
冷たくも見えるたった一言に、ケビンは重ねてメッセージを送る。
「俺、芸能人やってるんだ。番組のロケで香港に行くことになったから、会えたらよろしくな。ロケ場所は香港島の××だ」
「え」
返信は相変わらず短い。戸惑って、ためらって、焦っている。直感的にそう受け取ったケビンは、なぜ会ってくれないのか、という問いかけを飲み込み、メッセージを送り続ける。
「どうした、さっきから返事が短えけど」
それから三十分、返事がなかった。このまま返信がなかったとしても、香港島にロケをしに向かうのは確定しているケビンである。内心、余裕ではあった。
前に探しに行った際は、たしか九龍半島に足を運んだのを覚えている。相手が子供である可能性を考えもしていなかったが、行ってみて正解だったと今にして思う。
九龍半島にいないなら香港島、香港島にもいないなら新界。香港はそう広い国ではない。約二六三の島をも探さねばならないのは面倒といえば面倒だが、虱潰しに探し回れば、いつかは見つかるはずだ。
MAXマンにこのことを相談した時、やべえストーカーがいるぞ、と半ば本気で言われてしまった作戦である。
たかだか十四のガキにそこまでするかと引かれつつ、ケビンは番組を利用することを諦めず、マネージャーに連絡をとってもらい、仕事を掴み取ったのだ。
スマホの通知音が鳴った。
テルテルボーイからだった。
「オイラの、うちの近くなんだけど」
観念したのだろう。きっと画面の向こうでは大きなため息をついているに違いない。
そんなテルテルボーイの返信に、ケビンは握り拳をぐっと力強く突き上げ、勝利の叫びを上げていた。まだ会えていないにも関わらず。
「絶対に気付いてみせるからな」
「絶対、ねえ?」
ロケ収録の日は、すぐそこだ。
ケビンマスクの心の原風景を探る。
それが香港ロケを行う番組の、本来の趣旨だった。芸能界デビューをする前、ケビンマスクは香港へ一人旅をしたことがある、という話になっている。本当は一人の機械超人を探す旅だったのだが、誰にも語られていないため、ごまかせていた。
「香港で何をしていたんですか?」
スタッフに尋ねられ、ケビンは返す。
「その頃は目的なんてなかったな」
嘘である。
「ただ、綺麗な夜景が見たくて」
悔し涙でぼやけた景色はさぞ美しかっただろう。
「人の群れに流されながら」
意気消沈した超人を流すのにはそれはもう充分な人混みだった。
「生きる目標を探していた」
生きる目標イコールあの機械超人なので嘘ではない。嘘ではないのだが。
「この国の人は、誰よりも真剣にこの国のことを考えて生きている。俺は、誰よりも真面目に、俺のことを……そして、俺を取り巻く環境を、人を、考えていかなければと、そう学んだんだ」
おお、とスタッフがどよめく。
次はどこそこでの撮影です、それまで休憩してください、という声に頷いたケビンが、撮影を見学に来ていた人々のほうを見た。十四歳くらいの少年を探すためだった。
人の群れの中に、それらしい少年はいない。あたりを見回すケビンのスマホが鳴る。メッセージが一件。テルテルボーイからだ。
「何が、俺を取り巻く環境を、だよ。どうせオイラが見つからなくてしょげてたんだろ、その時」
この話題が出た、ということは、少なくともテルテルボーイは撮影を見ていたことになる。ケビンマスクは歩き出す。気配を探り、メッセージを送った。
「今どこにいる?」
シャラン、と、路地裏から音が聞こえた。
「あっ、やべ……」
そして誰かの焦る声。
十四歳であってもその特徴的な声は変わらないらしい。スマホを操作して今さらマナーモードにしている誰かを、ケビンマスクの目は捉えていた。
「そこか!」
「うわあ!」
先程のシャランは通知音だったらしい。
逃げる少年の首根っこを掴み、ケビンが力強く引き寄せる。一七〇センチほどしかない身長のわりに、ずしりと重たい感覚。機械超人だからだ。そう理解したケビンは、少年の顔を覗き込んだ。
「お前、テルテルだな?」
「ち、違いますけどっ」
「声」