狂骨仙太郎の過去
『姉さんは良い学校に行った訳でもなければ、機械の知識もない』
ヒステリックに声を上げる弟。眼鏡を何度も治して、質の良いお母たまセレクトのシャツを握る弟。
良い高校に行っている弟。成績優秀な弟。勉強が出来ない奴の悪口を平気な面で叩く弟。
頭は良いが、軽蔑すべき弟。
『なのにどうして、父さんは姉さんに工場を任せるなんて言うんだ!工場で稼いだ資産も姉さんに渡すなんて馬鹿げているよ!』
親父に相手にされなかったこいつは、従業員を知能指数で動かせるとでも思っているらしい。挨拶も碌に出来ねえガキんちょに継がせる家業じゃねえんだと、何回言っても分からない。
家の裏庭は薄暗い。弟の顔が暗く濁って見える。こいつは、こんなドロドロした形相で相手を見下して、本当に幸せなんだろうか。
『僕の方が優秀な筈だ!』
うるせえ。余計なお世話だ。
『僕の方が、組織の長に相応しい筈なんだ!』
それはどうかな。親父に聞きな。
僕が、僕が、僕が、僕が。ヒステリックかつヒステリック。うるせえなグチグチグチグチ。あんまり家の壁殴んなや。お母たまが買ってくれたお服が汚れちゃいまちゅよ〜僕ちゃん。
『僕が!』
胸を圧迫された。
違う。その証拠に、体は妙な浮遊感を覚えている。
直後に頭に鈍い衝撃を受け、体のあちこちを石の壁に打ち付けて血反吐を吐いた。
古い井戸。体中の関節がいかれた俺は、冷たく濁った水に飲まれた。
突き落とされた。
『姉さんにこの家は相応しく無いんだよ!』
上から聞こえる声に、動揺した様子はない。
この野郎、最初からそのつもりで。
足音が遠のいていく。走っていった。あいつ、嬉しそうに走っていきやがった。
そうかい、幸せかい、そらぁ良かった、俺も嬉しいよ。
良いんだな、それで良いんだな、おめぇはそれで問題ねぇんだな。
甘っちょろい考え方しやがって。これで一件落着だと思ってやがんだな。馬鹿野郎め。んな阿呆んだらが世にのさばって良い筈がねえんだ。
タコが!
怒り、怒り、怒りと憎しみ、丸く切り取られた空は灰色で、俺は息が出来ない。水の中で折れた肋骨が飛び出してるのをしまえずに、ただただ、安直な真似で解決をはかった弟を恨んだ。
お前は、お前だけは人間の上に立っちゃいけねえ。許さねえぞ、人の命を何だと思ってやがんだ、許さねえからな。
『生き地獄拝ませてやらあアァッ!!』
水の中で絶叫。何故かよく声が響いた。
違う。体をすり抜けて、俺は井戸から飛び出していた。
俺が死んで、三日が経過した頃だった。
捜索願が出されて、二日目の事だった。
考えてみりゃ、何で死んでからも思考回路が働いてたんだか、それを気にしなきゃいけなかった気がする。
俺は、俺の姿は骸骨そのもので、落ち窪んだ目玉は恨みに打ち震え、上下の歯はぶつかりあってガチガチ音をたて、指先は白く鋭く、弟を、弟だけじゃなく、世の何もかもを狂おしい程ぶち壊したくなっていた。
楽しかった、壊すのが。
楽しかった、殺すのが。
楽しかった、汚すのが。
楽しかった、楽しかった、楽しかった!
俺の害がこの世を嬲るのが、俺の毒が平穏を犯すのが、俺の呪いが弟を狂わせていくのが楽しかった!
家族は狂骨の出現で、俺の死体が井戸の中にあると気づいたようだった。弟は捕まった。俺はそれが残念だった。もっと狂わせてからでも良かったのに。あーあ。
両親は引っ越してった。
それでも俺は構わずに呪うんだ。全て、全て、全部丸ごと根こそぎ一切合財!
ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!
っていう過去があったのさ。
懐かしいなー。
つうかメロンパン食いてえなー。
2013/05/20 20:15
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