陰陽殺し 2
十円玉一枚で呼び出された四月一日は、いつものように子供の無邪気で愚かな問いかけに適当に答えていた。
こっくりさん、こっくりさん、誰々君が好きな子は誰ですか。
お、ま、え。
こっくりさん、こっくりさん、誰々君が好きな食べ物は何ですか。
お、ま、え。
こっくりさん、こっくりさん、どうも有り難う御座いました、お戻りください。
お、ま、え。
こっくりさん、こっくりさん、どうも有り難う御座いました、お戻りください。
お、ま、え。
あまりにも適当で何に対してもお前としか答えなかったら、子供たちは甲高い叫びを上げて十円玉から手を離した。
ああ馬鹿だ、指を離しやがった。これでこっくりさんが帰る道がなくなった。けらけら笑って子供たちを見下ろす。
青ざめた表情が面白くて、もう一度笑った。
四月一日が外道と違うところは、呪いがいつ発動するか分からないところにある。
四月一日は気まぐれなのだ。
ただ、標的は必ず呪うが。
一人目はこっくりさんを終えたその日に車に轢かせて殺した。
二人目は四日後に階段から突き落とした。
最後の一人は殺さなかった。二階の窓から落として骨折させてげらげら笑った。救急車がきたので、そのまん前に突き飛ばした。
何てことだ! 救急車が少女を轢いた!
げらげら。げらげら。
先週のことだ。
五十音と半濁点と濁点と鳥居を書いた紙に、鉛筆。複数人の子供。外道はいつも通り、子供の幼稚で可愛らしい質問に応じていた。
外道様、外道様、明日の天気は何ですか?
午前は晴れ、午後から曇り。
外道様、外道様、抜き打ちテストの日時と範囲を教えてください。
五日後に、社会科の三十二ページから四十ページの間。
外道様、外道様、どうすれば可愛くなれますか。
笑顔でいること。
外道様、外道様、有り難う御座いました、鳥居よりお帰りください。
いいえ。
外道様、外道様、有り難う御座いました、鳥居よりお帰りください。
いいえ。
外道が四月一日と違うところは、質問への答えの正確さにある。
どんなことを尋ねても必ずあたるのだ。
そしてもう一つ。
外道は即効で呪う。
即日、即時、即座に呪う。
呼ばれた当日に呪いを振りまく律儀な悪霊なのである。
一人目は二階から投げ飛ばしてコンクリートの地面と衝突させた。
二人目はそれを見て絶叫していたのでタンスの下敷きにした。
最後の一人は殺さなかった。二人の惨状を見て恐怖におののいていたので、耳元で優しく囁いてやった。
「お前のせいですよ」
絶叫が響く。部屋の中を走り回りながら涙を流し、絶叫絶叫絶叫して壁に頭をがつんがつんとぶつけ始めたので、けらけら笑って放置した。
けらけら。けらけら。
先週のことだ。
七日前の出来事を、この陰陽師たちは知っているのだろう。
数珠を構えて念仏を唱えて、外道と四月一日を睨み付けている。
正直怖くはないし痛くもないのだが、腹の底から湧き上がるこの怒りと胸糞悪さは、呼び出した陰陽師たちに向けて発散しなければ収まることはないだろうと思った。
「そっかぁ」
外道は呟く。結界の中で念仏を聞かされながら。ははーん、と薄ら笑いを浮かべて血走った目の陰陽師たちを見据えていた。
「あの子の親が全てを察しましたかぁ」
「ちっ」
四月一日が舌打ちする。徐々に狭くなっている結界に苛立ちながら。鼻を鳴らして、悪霊退治に躍起になる陰陽師たちを見つめていた。
「ぶっ殺しときゃぁ良かったぜ」
「同感同感〜」
結界が狭まっていく。じりじりと痺れる壁が近づいてくる。服がちりちりと音を立てて焦げ始めたので、きっとこの壁に押しつぶされたら焼けるか感電するか、それ相応に痛みを感じるのだろう。
壁が近づいてくる。
陰陽師がいう。
汚らわしい呪われた存在めと。
「てめえらだって呪(まじな)いっつぅ呪(のろ)い使ってんじゃねえかクソッタレ」
「呼び出されたから相応の対処をしているだけだっていうのにこっちだけ悪者扱いっていうのは納得いきませんね、いきませんよ」
喝! と一斉に声を上げる陰陽師の集団。
壁が物凄い速さで迫ってくる。
じりじりと焼けるような痛みと熱が一気に押し寄せてくるのに、二人は。
外道と四月一日は。
目を閉じた。
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2014/03/20 00:37
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