ケーニッヒ フォン フルーフ 完
力同士のぶつかり合いで生じた衝撃は、逃げ場を知らなかった。
正面から馬鹿正直に殺しにいった両者の腕がめきりと音を立ててひび割れる。
仙太郎は甲高い笑い声を上げてただ喜んでいた。
餓者は低い唸り声を上げてただ耐えていた。
仙太郎の腕が、弾け飛ぶ。
餓者の腕が、砕け散る。
着地を決めた仙太郎がすぐさま振り返り餓者の頭にもう片方の腕を突き出し餓者がそれを阻むかのようにもう片方の腕で返す。身長が三メートルはあるだろうがしゃどくろの体が後ろに押されていった。
片腕だけで餓者を押しのける仙太郎はそのまま彼を殴り飛ばす。衝撃をまともに食らった餓者が花壇に突っ込み、レンガの塊を大破させた。
「グ……片腕ダケデ……」
「起きろよ骨っこ野郎ちゃん」
仙太郎が、骨を拾い上げながら言う。弾けた腕骨をはめ込むと見る見るうちに修復されていくのが見えて、餓者は真っ白な体を青ざめさせた。まだ、やるつもりなのだ。
この狂骨はどれ程戦いに飢えているのだろう。どれだけ喧嘩に狂っているのだろう。
狂骨仙太郎はゆっくり歩いてきながら嬉しそうにしていた。
「此処までボコしあえんのは久しぶりでよぉ……」
この狂骨は餓者と殴り合ってる間始終笑っていた。それはそれは楽しそうに。
餓者は悟るように起き上がり、仙太郎を見据えた。
殺す覚悟でいかなければ此方は殺される。いや、元から死んでいるのだから本当に殺される訳ではないだろうが、しかし。
「再ビ死ヌ程ノツモリデ行カネバ……無間地獄カ」
「ご名答〜!」
終わらない。
殺す覚悟で突っ込んでいかなければ。全力でぶちのめしに行かなければ。仙太郎は満足しない。終わらない。
「ウオオオアアアァァァァッ!!」
餓者はその巨体に似合わない物凄いスピードで仙太郎に突っ込んでいった。
全力で。
全身全霊を込めて。
その体を引きちぎるつもりで。
「ひゃはははははははぁっ!!」
仙太郎の笑い声が、響く。
餓者の拳が仙太郎の顔を狙った瞬間、割れた。
ばりん、と鈍い音を立てて割れた。
仙太郎が全身全霊の力を込めて、拳を真正面から殴り返していた。
「終わりか?」
凶悪な笑みで仙太郎が問う。
「……終ワリダ」
力尽きる間際、餓者が答えた。
つまらねえ。そう返ってくるかと思っていたが、仙太郎は何も言わない。
ただ笑っていた。
意識が薄れていくがしゃどくろを片腕で抱えながら、ひひひ、と小さく笑っていた。
がしゃどくろの餓者が目を覚ますと、彼と目目連の木蓮は大きな倉庫の中にいた。今は使われていない古い倉庫のようで、中には何もない。
それでも学園の敷地内なのだろう。騒然とした声が小さくだが聞こえてくる。
花壇が粉砕されているし、とある教室は壊滅状態で授業どころではないし、貯蔵庫は爆発でも起こしたかのようにずたずただったのを、朝早く訪れた生徒が見つけたのだろう。
ぎゃあぎゃあと声が上がっているのを聞きながら、餓者はぼんやりと辺りを見回した。紙切れが一枚。走り書きで何かが書かれている。
『また遊ぼうや』
その文面に、木蓮は、あぁ、と嘆息した。あの喧嘩狂いに目を付けられてしまったのだと。
餓者は紙の隅に書かれた差出人の記名を見て声を詰まらせた。
『須佐の狂骨』
恐らく仙太郎が書いたのだろうそれを見て、木蓮にも見せる。ひぃ、と小さく声が上がり、木蓮が固まるのが見えた。
「アノ……須佐ノ悪(スサノオ)ダッタトイウノカ……」
心臓もないのに胸の高鳴りを覚える。
餓者は紙を胸に抱き、薄暗い倉庫の天井を見上げた。
「アノオ方ガ」
苛烈に壮絶な喧嘩狂いが。
あの有名な。
「あー……」
欠伸交じりに仙太郎が召喚科の教室に入ってくる。昨夜部屋に戻ってから手当てをしてもらったらしく、ガーゼや絆創膏が所々に見えるその姿に、御境茶々彦が引きつった顔をしていた。
「先輩……また喧嘩でござるか」
「おう、御境か。ちょいと楽しい喧嘩でなぁ、ひゃひゃ!」
上機嫌に席に着く仙太郎は適当に教科書を机の上に出し、ぱらぱらと流し読みを始める。まさか昨夜起きた学園壊滅事件の犯人って……と仙太郎を見る茶々彦だが、それを聞いたところでどうだかな、と返されるのが落ちだと判断したのだろう、嬉しそうににやついている狂骨に一礼をすると教室を出て行った。
「また遊びてぇなあ、あいつと」
やたらぴんぴんしている狂骨はまだ知らない。
餓者という信奉者が出来た事を。
仙太郎の通り名に強い憧れを抱いた骸骨が、自ら舎弟となったことを。
憧れと忠誠と信奉という呪いのような思いを一身に背負ったことを。
まだ知らない。
「ひひひひ」
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2014/03/05 12:06
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