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ケーニッヒ フォン フルーフ 5


 粉々に砕け散った骸骨の頭がすぐに再生する。それを見た団長が恐怖で顔を引きつらせる。
 仙太郎は酷く上機嫌だった。
 殴っても殴ってもすぐに治癒する相手を見つけて。
 何度暴力を振るってもすぐに復活する獲物を見つけて。

「餓者(ガシャ)殿」

 無数に浮かぶ目玉が割って入る。
 餓者と呼ばれた骸骨がゆらりと立ち上がり、目玉の中心で仙太郎を見据えていた。
「何故、邪魔ヲスル?」
「邪魔したらお前は俺と喧嘩せざるを得ないだろ。それだけだ」
「喧嘩狂イメガ」
 地を這う声が貯蔵庫にこだまする。餓者は動けずにいる団長の首に手を伸ばした。
 あっという間の事だった。
「ぐっ!」
 息が出来ないまま暴れる団長に目目連が言う。
「無駄な足掻きを」
 餓者が仙太郎を見つめたまま、大柄な体で団長を押さえつけながら声をあげた。

「私ハ貴様ガ恨メシイ」

「は?」
「何故、貴様ハ肉体ヲを持ッテイル。私ハ肉体ガ欲シイ。人ノ体ガ」
「人間食ったら人間になれるってか。てめえはもののけの猩猩か」
 人間、食う。人間食って、人間の力、手に入れる。
 すぐにそれが思い浮かんだ仙太郎が訝しげに餓者を見た。
「死ンデ、忘レラレ、空シク彷徨ウ私ノ無念ガ分カルカ」
「そうとも。餓者殿は野ざらしにされ、忘れ去られた。人間が憎いのだ」
 目目連は続ける。
 餓者の代弁をするように。
 仙太郎は面倒そうな顔をした。実際、面倒だった。
「私ハ肉体ヲ手ニ入レル。肉体ヲ得テ、再ビ日ノ光ヲ浴ビルノダ」
 死んで、空しく彷徨っていたのは仙太郎も同じだ。人間が憎かったのも。
 居場所がなく何十年も彷徨っていたら、今頃仙太郎はこの餓者と同じような化け物になっていたのだろうか。
 面倒だった。人の姿を手に入れて再び人目につきたいだけの妖怪に言葉をかけるのが面倒だった。
 ただ、喧嘩をしたいだけなのに。
 何故お涙頂戴にもならない言い訳を聞かされなければならないのか。
「あなたに餓者殿の苦しみが分かりますか」
 目目連の言葉に。
 仙太郎は我慢の限界を迎えた。

「うるっせえんだよ、さっきからごちゃごちゃと。俺はてめえをぶっ飛ばしてぶっ飛ばされて骨砕いて砕かれて暴力まみれの喧嘩が出来りゃぁそれで良いんだよ! てめえの飯食いてえです肉つけてえですなんて御託はどうだって良いんだ!」

 ボコりあえ! 三下!
 仙太郎の怒声に、迫力に、覇気に、吊り下げられていた肉が風もなく揺れ、震えた。
 しんと静まり返った部屋の中、仙太郎を厳しく睨みつける目玉が言う。
「此方こそ、あなたの事情など知らない! 邪魔をしないで頂きたい!」
 目目連の目玉が怪しく光を発し、仙太郎を包み込んだ。
 餓者がゆっくりと仙太郎に近づいていく。拳を振り上げる。
 仙太郎は、身動き一つ取れなかった。
「ドウデモ良イナラバ、放ッテオケ。コイツヲ食ラッタ後ニ相手ヲシテヤル」
 ごう、と空を切る音。
 重い拳が仙太郎の顔面を捉える。
 めき、と鼻がへし折れる音がして仙太郎は吹っ飛んだ。
 抵抗一つしないまま。
 貯蔵庫の外に吹っ飛んでいく仙太郎。
 隣の教室の椅子や机を吹き飛ばしながら転がる仙太郎。
 痙攣したようにがくがくと腕や足を動かす狂骨を見て、がしゃどくろは無言で背を向けた。団長を食うつもりだからだ。
 団長は。
 仙太郎の元へ走り寄っていた。
「狂骨! 狂骨、どうした!」
「……チ……」
 舌もないのに舌打ちの音。餓者が仙太郎の近くにいる団長を捕まえようと歩いてい来るのが見える。
「何を、した?」
 団長が仙太郎を助け起こしながら、目玉を睨む。目玉は優越に浸っていた。

「麻痺ですよ。私の視線は対象を麻痺させるのです」

 全身が痺れ、動けなくなる。仙太郎はまさにその状態だった。
 餓者の腕が仙太郎の首を掴み上げる。だらりと手足をぶら下げた狂骨が簡単に持ち上がる。
 がしゃどくろは。
 そのまま仙太郎を投げ飛ばした。
 仙太郎を受け止めたロッカーがひしゃげる。
 壁にひびが入る。
 ごきりと仙太郎の中身が軋む。
 床に叩きつけられた仙太郎の体から再び流血。
 言葉を失った団長の頭を、餓者が掴んだ。
「……コレデ、邪魔者ハイナクナッタナ」
「ひ」
 無数の目玉に囲まれ、団長の身が竦む。目玉はぎょろぎょろとあちらこちらを向き、餓者を見ているものも団長を睨んでいるものもあった。
「終わりです」
 目目連が言う。
 目玉が光を発するのを。

 目目連自身が目撃していた。

「何……ですって?」
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2014/03/04 23:05
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