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幹が枯れた


 家督を継げなくなった。それだけで充分だった筈だ。
 隆正亡き今、幹子の家は家督候補を一人も上げられず萎縮していた。
 血が繋がっていないとはいえ兄を亡くした幹子は隆正陣営の解体に家の降格にと追いやられるかのような仕打ちを受け、元凶である人物を酷く恨んでいる。
 犬島千代松だ。
 はとこ筋の、最近男子になった女子である。
 家督候補にある親戚である。
「……殺す……」
 小さく呟き、幹子は部屋の扉を開けた。
 千代松が大切にしているもの全てを壊そうと。
 ドスを手に夜中の屋敷を歩き出す。


 翌朝、幹子は亡骸となって発見された。
 ドスを下腹部から肩甲骨にかけて深々と突き立てられ、医者の見立てでは体の中が血の海になっているだろうとの事だった。
 幹子の亡骸は、幹子の部屋の前まで引き摺られていたようだ。


「幹子ちゃん、死んじゃったか」
 茶を啜りながら静かに呟く杏次郎が、隣でそわそわと落ち着かない様子の娘兼息子に声をかける。
「千代、お風呂に入っておいで」
 手袋をしている千代松がふうと息をついた。
「兄上を狙われたものですから」
「うん、返り討ちにしたのは偉いよ。だからお風呂に入りなさい」
 匂いが酷いよ。
 微笑みながら杏次郎が言う。
 千代松の体からは、化粧品の匂いが漂っていた。
 幹子が愛用していた、ファンデーションの。
 幹子を部屋まで引き摺っていった際についてしまったのだろう。
 縮小した隆正の陣営が幹子の死にざわついているのが聞こえる。
 千代松はゆっくり立ち上がると、着替えを用意しながら父に問いかけた。

「父上は、親戚を手にかけた事はおありですか」

 愚問だろう。
 杏次郎は小さく笑う。
「ないって言って欲しいのかい?」
「……出来れば」
 梅千代が風呂が沸いた事を告げる。
 千代松は自身の掌を見つめ、そしてぼそりと呟いた。
「案外、あっけないんだな」
「そう、あっけないのよ」
 梅千代は、笑っていた。
 笑って妹兼弟の背を押していた。

「お風呂から上がったらご飯にしましょうね」

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2014/02/20 15:45
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