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murmur饅頭
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切る 3


 がちり、と硬い音がして鎖が引きちぎれたのと同時に、犬の精霊は突っ込む。
 拳を硬く握り締め、仮面の男に殴りかかっていった。
 のを、男は避けない。
「本当に、厄介だな」
 そう一言残して、彼は千代松の拳を受ける。掌で。
「!?」
 びくともしない男に言葉を失った千代松を襲ったのは、横からの衝撃だった。
 体をしならせてぶち込まれた男の蹴りが、千代松のわき腹を打ち据えた。
 攻撃を殺せずに吹っ飛んだ彼(若しくは彼女)は背を壁に強かに打ち付ける。
 息が詰まった。
 視界が砂嵐に飲まれた。
 そのまま、意識を手放した千代松は、ぐったりと動かなくなってしまった。
 百七十五センチの未成年を見下ろしながら、声を変えた男が言う。
「だが、まだまだだ」
 弛緩した手足からだらりと垂れる鎖を手に取り、男は千代松の動きを完全に封じるべく部下を呼びつけた。冷たいコンクリート床に転がる後継者候補を見つめ、小さく頭を下げるその犬は、素早くその場を後にした。
「体の使い方がなっていない、とでも報告するべきか」
 ぼそりと独り言を零しながら。

 諜報部。
 筆文字で書かれた表札を一瞥した青鷺が遠慮なしに入っていく。
 杏次郎直属の部下を見つけ出し按配はどうかと尋ねたが、彼らは小さく首を横に振るばかりだ。全く使えない。舌打ち交じりに睨みつける。
 諜報部隊ですら情報を追えないとは、犬島の家は落ちたとでもいうのか。
 いや、犬島家の任務遂行率は他の犬共と比べても頭一つ抜きん出ている。情報収集から暗殺、盗みに護衛とレパートリーに富むプロフェッショナルの塊が犬島だと青鷺は強く思っている。それが追う事の出来ない、千代松の行方。
 もしかすると。
 諜報部を足早に去った青鷺が次に向かったのは、杏次郎の部屋である。

「どうしたの」
 落ち着いた様子だった。杏次郎は諜報部の部下たちが報告をするたびに、まだ見つからないんだねえ、と言葉を漏らすばかりで焦った様子はない。
 新聞を片手に縁側で日光浴としゃれ込んでいた彼の元へ現れた青鷺は、一言、こう返していた。
「杏次郎殿は、千代松殿を心配ではないのですか」
 まっすぐに杏次郎を見詰める。杏次郎の後ろには彼の兄である桜一郎の姿もあり、甥っ子の行方が分からないことに心を痛めている様子だった。
 杏次郎は笑う。
「心配だよ。自力で逃げ帰ることも出来ませんでした、じゃ笑い話にもならない」
 探してはいるが、親に見つけてもらうのを大人しく待っているようでは忍足りえないと。
「助けようとは」
「おんぶに抱っこで忍が勤まるとは、君も思っていないでしょ」
 正論ではある。
「腕一本犠牲にしてでも帰ってきてもらわないと、支持する陣営としては困るんだよねえ」
 杏次郎の言葉に、青鷺は疑念を確信に近づけていた。
 同時に、千代松の行方も薄々察しがついてきた。


「こ、の……! うん……うぅ!」
 力を込めても鉄の縄は音一つ立てない。
 千代松は鉄格子の中、鎖によって縛り付けられ、転がされていた。
 関節を固定されてしまっているようで、力の込めようがない。芋虫のように這いずって格子の近くまでやってきたものの、見張りに冷たく見下ろされて終わりだった。
 何とかしなければ。
 自力で何とかしなければ。
 家督を争う当事者が、この程度でくたばってしまっては目も当てられない。
 何か、何かないか。
 ぎりぎりと締め付けられるこの感覚は、何処か懐かしい。幼い頃から父親に関節を決められ動きを封じられていたあの感覚に似ている。
 そこから脱するために、自分は何をしたのだったか。
 思い出せ。
 思い出せ。
 ごきり、と鈍い音がした。
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2014/02/13 17:01
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