回ネタ切れの場合回
田 田
幾何学模様だけ先に書いて、九狸田は首を傾げていた。
筆ペンのキャップを閉めて、うーん、と声を漏らす。
言葉が出て来ない。
文様と文様の間に意味を持ったワードを書き込んでいくことで成立する九狸田の召喚方法は、言葉のネタ切れを起こすと、とても効率の悪い物でしかなくなるのだった。
かたり、と椅子から立ち上がる。
九狸田はこんな時、図書塔に行く事に決めている。
興味があってもなくても本を借りる。本を読む。詩を読む。絵本を読む。そうして言葉のストックを増やしていくのだ。
『ぽかぽかの、おひさま、きもちいいね』
絵本に書かれたその文章に、九狸田は目を見開いた。
表情が乏しいので少し目が大きくなっただけにも見えるが、それでも九狸田は驚いていた。
ぽかぽか、おひさま、こんな表現でも言葉は言葉なのだ、と。
『むにゃむにゃ、おひるね、おやすみなさい』
むにゃむにゃ!
感覚的なワードなど初めてだ、というように絵本を読みふける。
ふかふか、ほわほわ、もにょもにょ、とだんだんよく分からない擬音語になっていったが、インスピレーションを受けたらしい九狸田は満足そうに頷きながら、紙と筆ペンを取り出してさらさらと書いていった。
田ふかふか田
ためしに押印してみる。何が出るのだろう、と楽しみでもあった。
紙はしゅわ、と音を立てて何かを召喚した。
ふかふかしている。茶色くて、服につけるボタンが目の代わりになっている。
ぬいぐるみだ。
狸のぬいぐるみだ。
「……おお……」
九狸田は素直に感心した。
小難しい言葉でなくても、感覚的なそれでも、文字である事に変わりはないのだと。
言葉である事に変わりはないのだと。
「召喚の、幅が、増えた」
ぼそりと呟き、ほくそえむ。
九狸田は、ふかふかを手に入れた。
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いざというときに言葉のストックが切れたら悲惨ですよねー。
みたいな。
2014/01/10 15:26
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