森学)狸の花嫁7
大吉に殴りかかってきた大柄な狐が、逆に殴り飛ばされて城の領地へ転がっていく。
息が詰まったが、仕方がなかった。
護衛の狐は次々に大吉と、大吉の喧嘩仲間である白三へ飛び掛っていく。だが、殴り飛ばされ転がっていたその護衛だけは、誰にも飛び掛る事なく静かに起き上がった。
方向をくるりと変えた大柄の護衛が敷地内へ走っていく。喧騒の中、逃げるように争いから離れていく彼だけが静かだった。
何処へ行く、と声が上がる。それを振り切る。折れた槍を見つけて拾い上げた。振り向く必要があったかは分からないが、一応後ろを向いておく。
「……武器を、調達してくる……」
「身分証は」
黒い衣を身に纏った狐に尋ねられ、城の中へ入ろうとしていた同じ衣装の狐は立ち止まった。城内に踏み入る者にはセキュリティチェックが必要なのである。
無言で懐をまさぐり、黒い衣装の黒い狐は、自身を認識する札を取り出す。顔写真までついているそれは、人間の社員証のようで滑稽にも思えた。
「……確かに」
その声を受け、何も言わずに中へ足を進めていく狐。何一つ会話をせず機械的に城の内部を歩き回る密偵。狐は城の中にまで漂っている狸の匂いに顔をしかめた。
何処に行っても狸の匂いがする。これでは鼻が利かなくなりそうだ。他に狸が一匹二匹もぐりこんでいたところで分からないかも知れない。
「何だお前は!」
「こ、こら! 身分証を見せよ!」
城内を探索すべく歩き始めた狐の後ろで、荒い口調が飛び交った。
大柄の護衛だ。彼が身分証を持っていないせいで足止めを食らっているのだ。何処かに落としてきたのだと淡々と告げる彼に、城内の警備を任されているのだろう二人は首を縦に振らなかった。
「ならば身分証を持った者と共に出直せ」
それが城のルールだろう、ときつく問われ、大柄な彼は困ったように緑色の目を伏せる。今は敷地内で乱闘していてそれどころではないのだ。
黒い狐は、護衛狐の彼に近づいていく。灰色の羽織を纏った着流し袴が制服なのだろう大柄な彼の目の前まで来ると、密偵の役目を負かされている黒い衣服の狐は目を細めた。
「どうした?」
仲間に問われる。
黒狐は、迷うことなくこう答えた。
「連れだ」
「城内の狐に告ぐ! 婚姻の儀は今より執り行われる!」
かんかんかん、と強く鐘を打つ黄色い毛並みの狐が伝令役となり、城内を駆けずり回る。それを見下ろしながら、白三は眠っている重丸を両腕で抱え、ゆったりと最奥の部屋へ進んでいくのだった。
月に掛かっていた雲が晴れる。澄み渡った夜空が星の輝きと月の光をたたえて明るく煌いている。
ぽつり、と水滴が落ちてくるのを、外で暴れていた大吉たちは感じた。
小さな雨粒が晴れた空より降って来るのを、狐の一派は見ていた。
狐の嫁入り。
酒がなみなみと注がれた杯が安置された部屋に白三と重丸が入っていく。これを互いに酌み交わし、誓いの口付けをしてしまえば、人妻であろうが子連れであろうが、正式に狐の嫁となってしまうのだ。
どたんばたん! と騒音が響いた。
階段を駆け上がってくる足音は二つ。どちらも背丈がそれなりに高い者であると推測できる足音の感覚である。
わあわあと迎え撃つ狐たちの声。それに動じることもなく、白三は部屋の上座に座り、術で眠らせた重丸を抱きかかえて杯を手に取った。
口移しで酒を飲ませてしまえば、誓いの口付けまで一気に終わらせる事ができるのだ。
酒を口に含んだ瞬間。
「うおおおぉぉ! 母ちゃあぁぁん!!」
熊のような大男が、ふすまを破り、婚姻の儀が行われようとしている部屋に飛び込んでくるのが見えた。
黒い衣の狐と、その連れである護衛狐がぴくりと反応する。
大吉が白三を殴り飛ばそうと足を踏み入れるが、若い方の白三はごくり、と酒を飲み込むと、平然と言葉を紡いだ。
「それ以上近づいてみろ。重丸殿に危害を加えるぞ」
「くそ!!」
「どうするのだ馬鹿狸めが!」
中年の狸と中年の狐がたじろぐ。狐は術によって酒から水の刃を作り出すと、それを重丸の首に宛がっていた。
しかし、そうする彼の表情はとても心苦しげであったが。
「離れよ。我が為、引き下がってもらおう」
黒い衣と護衛の二人が、刃物を取り出した。大吉と老いているほうの白三を見て、素早く刃を突きつける。
大吉たちにではない。
若い白三に。
「……!?」
声にならなかった。白三は目を見開き、左右から挟み込むように刃を向けている部下を見た。
裏切りか。
いや、そうではない。
白三は気付けなかったのだ。城内に満ちていた匂いのせいで。
重丸が分身し、城の敷地に目一杯、狸の匂いを振りまいていたせいで。
気付けなかったのだ。
目の前で敵意を示している狐二匹が。
狸であったことに。
「…………離れろ…………」
「あっしらの為、引き下がってもらいやす」
大柄の護衛と、その連れが、睨みつけている。
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ノーコメント……(吐血)
2013/12/26 01:58
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