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手のひらのかがり火
 炎が渦巻く、七月始め。大蛇の姿を模した青白い炎を腕に巻きつけて、彼女は甲賀忍者の集団に、一人で向かい合っている。薄気味悪い火の玉が、真昼間のあたり一面を、ゆらりと暗く照らしていた。
「ドタ八くん、みの助さんを呼んできて」
 彼女はドタ八のほうを一瞥もせずに口を開いた。手のひらを火傷したドタ八を、戦線離脱させるつもりのようだった。
 炎の扱いに長けているらしい彼女が告げる。
「消し炭になりたい者からかかってきなさい」
 挑発的な一言に、甲賀の者たちがため息をつく音が響いた。だからこいつと戦いたくなかったんだ、と、愚痴のようなものまで聞こえてきた。

「火を扱うときは、自分の体温も徐々に上げるとか、手に持ったときと放つときとで温度を変えるとか、工夫が必要なんだよ」
 甲賀が立ち去ったあとの草むらで、ドタ八の手のひらに包帯を巻きながら、彼女が静かに呟いた。
「分がってっすけど」
 そうとだけ言って口籠るズーズー弁の伊賀者に、少しだけ年上の彼女は目を細める。仕方のない弟分だとでも、思っているのか。
「……なぬして、火の扱いがうめんだが」
 包帯の巻き方も。
 ゆるくもなく、きつすぎることもなく、器用に巻かれた白い布をしげしげと眺めながら、ドタ八は問いかけていた。
 眼帯で片方の目を隠している彼女が、懐かしそうな笑みをたたえ、ドタ八と向き合った。

「昔、火葬場で働いていたから」

「火葬……」
 ギョッとしたのはドタ八である。まさかそんな話をされるとは、夢にも思っていなかった。触れてはいけない部分に触れてしまったのだろうかとオロオロする彼に、しかし彼女は動じない。
「村唯一の火葬場だった。一族みんな、小さな戦で死んでいってしまって」
「……それ、オラが聞いていい話っすか」
「いいよ。火遁の術にまつわる話だからね」
 彼女は腰を下ろす。木の根本に座り込んでいるドタ八の、隣に。糸目の彼は、眼帯の彼女の見えていないほうに回り込み、座り直す。死角から、彼女を守るかのように。
「毒に耐性をつけるために訓練した者、体に術式を刻みつけていた者……沢山の仲間たちが死んでしまった」
「よそのやづに死体ば見られたら、不都合でねっすか」
「そのとおり。あまりにも忍びとしての証拠が多すぎた。そこで取られた手段が、火葬」
「……跡形もなぐ、処理ば……」
「うん。私はそこで働いていて、自然と炎を扱う技術が身についていった、というわけ」
 はあ、とため息のような、感嘆のような声を漏らしたドタ八が、呆然と彼女を眺めていた。どうりでドタ八よりも炎を上手く扱い、青白い蛇なんぞを出せるわけである。
「オラ、そごまですて術うまぐなりてぐねっす……」
「そうだよね。仲間を弔うのが条件みたいなところがあるもの、嫌だよね」

 日は暮れていた。
 夕日が沈んでゆく。
 オレンジと水色の空が混じり合い、紫色の景色を呼んでいた。

 ドタ八は、火傷している手をゆっくりと握りしめた。痛くはない。手当のおかげだろうか。
 そうして、ゆっくりと慎重に、本当に気をつけて、指先に意識を集中させていった。
 ぽう、と火が灯る。
 小さな小さな火は、だが、彼女とドタ八の周囲を照らすのには、充分だった。
「オラはオラのやり方ば探すて、この火を育ててぐはんで」
「うん」
「いづか、肩ば並べて隣さ立てるよう、火葬以外で教えてほしっす」
「ふふふ、そうだね。火葬以外で、教えていくよ」
 向こうから、提灯の明かりがゆらりと近づいてくる。
 みの助が、二人を迎えに来る。
 帰ろう、と彼女が言った。
 ドタ八は、指先に灯した火を消さないようゆっくりと立ち上がる。これからの彼女が、弔う以外で炎を扱えるようにと、葬る以外で炎を育てられるようにと、心の中で少しだけ祈ることにして、空いたほうの手を振って、みの助を迎えた。

 炎が渦巻く、七月始め。