湿気のにおい
突如降り始めた大雨に、わらわらと避難してくる忍者たち。伊賀は大所帯である。屋敷の中へ上がりこむ彼らにタオルを渡し続けながら、人間である彼女はため息をついた。
「山の天気は変わりやすいっていうけど、最近は特にころころ変わるなぁ」
「梅雨に降らなかった分、採算を合わせているのかもな」
「あ、もも助さま、お帰りなさい」
「うん、タオルをくれ」
濡れたマントを放ってよこしながら、もも助が言う。彼女は頷いて、持っていたタオルを少しばかり丁寧に差し出すのだった。
滝の勢いが増し、川へは近づかない方がいいと言われ、少し外に出るだけでも傘を持っていくように言われる日々。雨に警戒するのも飽きてきたが、警戒しなければ命に関わるので仕方ない。
億劫になり、屋敷から出なくなった彼女を心配してか、もも助は二日に一度は彼女と言葉をかわすようになっていた。
「甲賀も念雅もこの雨には参っているらしい」
「ああ、でも、思いの外、黒龍斎さまはイライラしてませんでしたね」
「父上は術で雲を引き裂いて、束の間の晴れを味わえるお方だからな」
なるほど。あの方は晴れた空を他人よりも見られているのか。納得したと同時に、空を覆い尽くす黒雲に再びため息をついた。
黒龍斎の術をもってしても晴れない雨雲。ならばおとなしく雨が上がるのを待つ他ないではないか、と。
「そろそろ山を下りて、買い出しに行こうかと思ってたんですけどね」
「今下りたらしばらく登って来られないぞ、この天気では」
「……まだまだ引きこもり生活は続きそうですね」
「今しばらくの辛抱だ。屋敷内を歩き回って準備運動でもしておくといい」
「準備運動ですか？」
「晴れたら嫌でも外に出ざるを得なくなるぞ、念雅流は他人を巻き込む」
伊賀が言えた義理ではないだろう。
伊賀こそ周囲を巻き込みすぎである。
ああ、けれど羅門衆よりはマシかもしれないな、と思い、彼女は雨雲を見た。ざあ、と降り注ぐ雨粒が屋根に当たり、ばらばらと揃わない足音を立てている。
「もも助さまはどこに連れて行ってくれるんです」
彼女が雨音を聞きながら尋ねると、伊賀の後継者である彼は、彼女が持っている自分のマントを見て、そして口を開いた。
「どこへでも行ってやる。お前が望むならな」
「なんか格好いいですね、それ」
「屋敷の掃除を頑張っている褒美だとでも思っておくがいい」
なんだか楽しそうに二人は笑いあった。
雨はまだやまない。