アンチヒーロー
長兄に渡された男物の服に袖を通す彼女は、特殊な下着で胸を潰し、背筋を正すために太いベルトを体に巻きつけ、男の体格に近づくように詰め物をしていた。
次兄にメイクを施され、鼻筋が通った凛々しい顔立ちにされている。カラーコンタクトとウィッグをつければ、それなりな風貌の男性が出来上がった。
怪人十八面相。
彼女はそう呼ばれている。
二十面相ほどの腕前ではないが、出会うたびに顔立ちや立ち姿が変わっているからと、いつの間にかついた通り名だ。
長兄が車の運転席に座る。
次兄は助手席に。
彼女は後部座席に乗り込み、目当ての場所まで車は走っていった。
美術館だ。
「チミは観客にまぎれてスタンバイしてるんスよ」
次兄が後部座席に向かって声をかける。彼女は頷いて、息を思い切り吸い込んで吐き出した。
「分かってる」
仕事前にテンションを落ち着けた彼女の声は、低い。まるで思春期の男子のような声色である。長兄がにやりと笑って人目につかない場所で車を止めた。
「にゃにゃ分で片をつけるからにゃ」
「退路の確保は任せておいて……それじゃあ、いってらっしゃい」
美術館に展示されるという、宝石を粉にして描かれた絵画。
それを狙って彼らは動く。
予告状など出さない。夜中に侵入などしない。堂々と、白昼、誰もが気づかないうちに偽物とすりかえる技術があるのだから。
大泥棒の三兄弟は、静かに目的のものに近づいていく。
きっといるだろう警部をいかに掻い潜るか、心中で計算しながら。