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黒電話の音がする
 真横でプルルルルと電子音が響く。携帯電話の着信音だろう。通話ボタンを押した彼が、虚空を見つめながら一人で呟く。
「もしもし?」
 彼が金がないというので、自分が暮らすマンションの一室に住ませることにした彼女は、時折彼にかかってくる電話の内容を聞かないためにキッチンへ移動した。
 聞こえてしまうのだ。スピーカーモードじゃないのに。
 それはそうだ。彼の体が携帯電話そのものなのだから。
 テルテルボーイは、おそらくMAXマンだろう、電話の向こうに向かって笑いかけていた。デーモンプラント時代の仲間で仲の良い相手からは、こうしてちょくちょくかかってくるのだ。
 キッチンでコーヒーを入れながらテルテルボーイの通話終了を待つ彼女の腰から、じりりりりん、と音がした。黒電話の音だった。
 スマホの着信音だ。
「はい、もしもし……ああ、ミート君。大丈夫? お米切らしてない? うち? 大丈夫、結構食べる人いるけど、それくらいじゃ何とも」
 久しぶりに、すみませんが調味料を分けてください、という礼儀正しい電話を受けて、彼女は笑った。小さなセコンドとは、武道館での試合で知り合って以来の仲だ。
「はいはい、じゃあ持っていくね、はーい」
 そう言って電話を切る。
 調味料を探そうと振り向く。
 目が合った。
 通話を終えていたらしい、テルテルボーイと。
「黒電話の音かぁ」
「レトロな感じで好きなの」
「オイラも結構レトロだぜ」
「君はまだまだ若造だよ」
「ちぇ」
 醤油に味噌に塩、砂糖、酢、それからサラダ油……小さなボトルでいいか、とバッグに詰めて、配達してくるねと言えば、行ってらっしゃい、となつこい声が返ってきた。
 ドアを開けて外にでる。
 公園に向かって歩いている途中で気がついた。

「オイラも結構レトロだぜ」

 あのセリフは
「レトロな感じで好きなの」
 といった彼女へのレスポンス。
「……え……アプローチされた!?」
 急に気恥ずかしくなった彼女がなかなかマンションに帰れなかったのは、ミートのみが知る。