当の子供はと言うと,本当にゴミの塊のような姿をしていた。
汚れた黒髪は肩まで伸び,長い前髪でよく見えない顔の白い肌には鬱血痕やら血やらが痛々しく滲んでいる。小さく痩せた身体からは浮浪者特有の屎尿の臭いを放ち,見た目では少年なのか少女なのかの区別もままならなかった。
『お前…傷だらけじゃね-か…大丈夫か?取りあえず傷の手当てぐらいしねーと…』
俺は無数に痣の付いた細い腕を取ろうと子供に近づいた。
『……っ…!』
その時,耳元で子供が息をのむ音が聞こえたかと思うと,既に子供は俺の脇をすり抜け,カウンターへと走りだしていた。
カウンターのプロシュートが驚きに目を見開いた瞬間,俺の背後でリゾットが低く唸った。 『メタリカッ!!』
子供はプロシュートの一歩手前で倒れ込んだ。足からは鎖の様な物が飛び出ていて,その末端はリゾットが握っている。
『リゾット!』
鎖の飛び出た子供の足からは血が噴きでていたが,子供はカウンターに近付こうと必死でもがいていた。
『ハッ!!…おめぇ何やってんだ?バンビーノ,玄関は向こうだぜ??』
プロシュートが笑いながら足元の子供に話しかけた。笑う度に指に挟んだシガレットの灰が子供の頭にパラパラと降り懸かっている。
『プロシュート。お前の横の鏡を伏せろ。』
静かな怒りを抑えたリゾットの声にプロシュートは思わず失笑を詫びた。リゾットは子供に近付くと,頸動脈に静かに手を添えた。
『…分かるだろう?愚かな真似は死を招くだけだ。お前の血液には俺のスタンドを忍ばせてある。生きたいのなら,鏡から逃げようなど無意味な事は止めるんだな…』
『…ぅ…っ…』
子供は小さく呻くと床にうずくまって啜り泣き始めた。
『…カーテンだ。ホルマジオ,カーテンを閉めろ。』
『ぉ…ぉう…』
俺とプロシュートは無言で鏡を片付け,カーテンを引いた。何が起きているのか状況すら掴められない。
『…リゾット,鏡から逃げるってのは…つまり,こいつはスタンド使いなのか??』
『あぁ…既に男を一人殺している。』
このリゾットの一言で俺とプロシュートはしばらく口をつぐんだ。この子供の境遇があまりにもリゾットの幼少期に酷似していた。
気まずく黙りこくっている俺達を尻目にリゾットは尋問を始めた。
『死体すら見つかっていないようだが…鏡の中に隠したままなのだろう?』 『……ぁぅっ…ひっ!』
リゾットの指が白い首筋に食い込み,子供は涙を零しながら必死でリゾットの腕を握って抵抗している。
『言え。…死体はどこだ?』
子供はいやいやと頭を震わせたかと思うと,突然首を痙攣させた。
『!?…ぁ…ぅぐッ!!…ぇほッ…げほッ!!』
子供の口を抑えている手から剃刀が数枚こぼれ落ちた。
『…ぅぶッ!?…あぅぅ…ぉッオゲェ……!!』
子供は困惑した様子で,次々に出て来る剃刀を胃液と共に吐き出している。顔中血や唾液まみれにして啜り泣く子供から俺は思わず目を背けた。
『もう一度きく…貴様が殺った男はどこだ?』
ブツッリ…とゾットの爪が喉の皮膚を破く音が静まり返ったアジトに響く。
『…答えろ』
もう,これ以上は黙って見てられねぇ。更に指を喉笛に突き立てようとするリゾットを止めにかかった。
『おい,リゾット…もうやめ『この数ヶ月間…ホルマジオ,お前に偵察を任せていた男は?』』
リゾットは俺に背を向けたまま俺の台詞に割り込みを入れてきた。
『…く,薬を無断で別ルートから流してた,あの男か?…』
『そうだ』
『そいつがこのガキと何の関係が…』
『お前は昨夜失踪したと言ったな?』
『ああ。部屋には大量の血痕しか残って無かったが…失踪なのかさえも判らねぇ。』
俺はリゾットの横顔に視線を移した。強く握った拳にじっとりと汗が滲む。
『失踪では無い。その男は息子…この子供に殺されたのだからな。』
リゾットの漆黒の瞳には放心した子供の姿が写っていた。
ーまさか。俺が偵察していた時には子供の影すら無いような男だったのに…何故,何故俺は気付かなかった??
『この子供はお前に面識があるようだが…お前自身は見た事もないのだろう?』
『つ,つまり…そいつは…俺がそいつの家を偵察していた事も全て知っていたというのか!?』
思わず自分でも情けなくなるほどの震え声が出て来た。
『そういう事だ。もしお前が男を始末していたら…この子供から俺達の全てが漏れ出すところだった。』
俺は背中に冷や汗が滴り落ち,咥内はカラカラに干上がるのを感じた。
『チェックが甘かったな…ホルマジオ。暗殺者としては致命的なミスだ…』
リゾットがこちらにゆっくり振り向き,白目の無い瞳が俺を捕らえた。
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