『…くっ…ふっ………うくっ…』
微かに嗚咽を抑えたむせび泣きが聞こえる。車の影の男とは車を挟むだけの距離まで近づいている。俺は咥内の血痰を吐き棄てると,銃を構えて車の裏へと地を蹴った。
『……な…………!!?』
そこで目の当たりにした光景に俺は自分の目を疑った。
…血の海の中に男が横たわり,その上に小さな子供が馬乗りになっていた。
子供の長い黒髪と白い肌には血が滴り,その手にはガラスの破片が握られている。
『…ぅっ…うぅっ……』
子供が涙に濡れた頬をゆっくりと上げ,とても馴染みの深い漆黒の瞳と俺の瞳がかちあった。
『…どうしてお前が…』
ずっと俺の後をついて来たというのか?リゾット達のいるアジトを抜け出して…? 少年は焦った様子で立ち上がると,長い睫毛に付いた大粒の涙の雫を震わせながら車の窓に手を掛けた。
窓は月明かりや車のライトに照らされて,鏡のように外界を写し出している。窓へと差し延べた少年の腕は水銀に沈むようにしてガラスへと呑み込まれていく。
固まっていた俺は弾かれたように叫んだ。
『…おい…行くな…行くなッ!!イルーゾォ!!!』 少年の肩がびくりと跳ね上がる。俺はその隙をつき少年の腕を窓から引きずりだした。
『…ぁっ…』
『待てって言ったのに…なんで来たんだッ?!』
『…ひっ…』
俺は思わず声を荒げ,掴んでいた少年の手首を強く捻り上げた。少年は抵抗せず,顔を少し歪めてぽろぽろと涙を零し続けた。
『おい…何か答えてくれ……頼むから…』
今まで抱え込んでいた想いが砕け散るのを感じた。
『お前がどうしてこんな事を…』
俺は喉笛をかっ切られた男の死体を指さした。もう一台の車の中にいた男達も始末したのか。
『なあ…イルーゾォ…俺はお前に幸せになって貰いたいんだ。もう誰も殺さなくていい。堅気に戻って,普通の幸せな家庭で生きて欲しいって俺はそう願ってたのに…お前は自分の運命を自分の手で壊してるんだぞ…?』
俺の言葉に,少年は弱々しく頭を横に振って答えた。
『…どう…して…』
足の力が抜けて,俺は地面に膝をついた。立ったままの少年の胸に頭を預け,霞んでいく視界のなかに少年の鼓動が静かに響いてくる。
『き,嫌いにならないでホルマジオ……僕はホルマジオの側にいたい…そこしかないんだ…僕が僕で居られるのはホルマジオの側だけなんだよっ…』
頭が細い腕に包み込まれる。少年が耳元で囁いた。
『パードレに…あいつに暗闇に閉じ込められて,…始めて扉の隙間からホルマジオを見た時から…僕の居場所はホルマジオのところだけだった…
ホルマジオがあいつを暗殺しようとしてるって分かってても全然怖くなかった ゆ…勇気だって持てたんだ……』
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