『…たかぃ』

マフラーに顔を埋めた少年の唇から微かな呟きが聞こえた。

『…ん?』

俺は思わず足を止めて少年の横顔を覗き込んだ。普段は話しかけられても目すら合わせない少年が,この時だけ一瞬俺の顔を盗み見た。

『…手が…』

少年は震える小さな声で言葉を繋いでいく。俺と少年を包む時間だけがゆっくりと流れていくような感覚に捕われて,俺はただ静かにその横顔を眺めていた。

『…とっても…,暖かくて…僕,こんなの初めてで……っ……』

その白くて美しい顔を紅く染めて,少年は俯いた。鈴のなるようなか細く美しい声だった。

俺は無造作にその小刻みに震えている小さな手を握り締めた。

『…そうか。そいつはよかったなあ。』

俺は空いた方の手で頭に積もった雪を優しく払ってやった。それからは俺も少年も一言も喋らずにアジトに戻り,綿雪の舞う夜にナターレの聖鐘が鳴り響くのを二人で聞いた。

その日を境に,非番でなくても,俺がアジトに居る間は少年が俺の部屋を訪れて来るようになった。

相変わらず少年は喋る事は無かったが,一緒に過ごす時間は俺にとっても楽しいものだった。

ホットワインを飲みながら俺はカードゲームやチェスを教え,時にはこっそり外出をして,お気に入りの喫茶店に入ったり,花屋や砂糖菓子の店のショーウィンドを覗いたりもした。美しいものに瞳を輝かせる少年の横顔を見て自然に笑顔が綻んでしまう自分がいた。

そんな頃,俺はリゾットに呼び出され一枚の紙を手渡された。遠征中のプロシュートからの報告書らしく,無機質な細めの字列が珍しく何行にも渡って書き込まれている。

[子供の名前はイルーゾォ。××年生まれ。13歳。

10歳の頃に実父が逝去,後母親と生活するが,金銭面で難儀した末,母親は水商売で生活費を工面。客の一人に例のパッショーネの男がいた模様。母親は男と再婚し,共に暮らし始める。この頃から連れ子のイルーゾォが家出を繰り返すようになったというが,実際には地下に監禁されていたとの情報あり。……]

ここまで読むと俺は無言で報告書をリゾットに尽き返した。

『全て読め…ホルマジオ,俺達の仕事上,情は致命傷になりうる…注意深く,かつ冷静な目であの子供を見ろ。』

『…ここから先は』

ガチャ…

背後でドアを開ける音がした。今までジェラートのパネトーネ作りを手伝っていた少年が俺の声を聞いて,リゾットの仕事部屋に入って来たのだと分かったが,俺は構わずに続けた。

『…あいつの口から直接聞きたい。』

その時,俺には背後で小さく息をのむ音が聞こえた。




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