ロマンチスト少年





※緑川に猫耳が生える話。





「……ロト!…っ、ヒロト!!」

深い深い微睡みの中で、誰かが俺の名前を呼んでいる。
この声は………緑川?



「ヒロト!起きろって!!大変なんだよぉ〜!」


いつもの明るい声は何処へいったのか、酷く焦って困り果てた様な声だ。
それにしても瞼が重い。眠い。
人が気持ち良く寝ているというのに、緑川はゆさゆさと俺の体を揺さぶって止める気配がない。

うっすら目を開けると、蛍光灯の光をバックに何故かフードを被った緑川の姿が飛び込んできた。
窓の外がまだ少し暗いのは夜明け前だからに違いない。


「…あっ!ヒロトやっと起きた!!」

「……緑川、今何時か分かってる?用事があるならもう少し後で…」

「それどころじゃないんだよ!!オレだってこんな時間に起きて騒ぎたくなかったけどさ!変なんだよ!オレの身体!」


そう言って半ば興奮気味に喋った緑川は、そのまま被っていたフードを勢い良く脱いだ。
その瞬間、現れたのは人間には本来あるはずのないもの。

ピョコンと立ち上がった大きな猫耳が頭にくっついている。
しかもご丁寧に緑川の髪の毛と同じ色。


「………へぇー、…良くできてるね」

勿論、作り物だと思った俺は頭にくっついた2つの飾りに手を伸ばす。

「……っちょ、止めろよ!本物なの!これ本物の耳だから!!」

嫌がる緑川の腕を掴んで静止して、反対の手で耳を無理矢理触ると『もふっ』とした予想外の手触り。


「………っ!?」

「……だから言ったろ?『本物』だって」

「…ごめん、なんか一気に目が覚めたよ」


「も〜」と言って苦笑いする緑川を改めてまじまじと見つめる。
さっきまで寝ぼけ眼で見ていたけど、よく考えたら緑川が慌てふためくのも無理もない。
だって人間に動物の耳が生えてるんだから。


「……とにかくさ、他のみんなが起きてくる前になんとかしたいんだけど」

「…って言われてもなぁ。俺もどうやったら元に戻れるのかさっぱりだし…」

「えぇ〜、ヒロトならなんとかしてくれると思ったのに!」



いやいや、俺が何でも出来る某ネコ型ロボットだと思ったら大間違いだよ、緑川?

とにかく俺は寝ていたベッドから起き上がって座り、隣に緑川を座らせる。
まぁ、確かに起きたら猫耳が生えてしまっていた、という緊急事態時に恋人である俺を頼ってきてくれるのは非常にありがたいのだけれど。
そんな超次元な事態を対処できるほど俺も万能な訳じゃない。



「……うーん、時間が経てば元に戻るんじゃないかなぁ?」

結局言えたのは、気休めにしかならないであろう言葉だけだった。緑川も緑川で、「急がば回れ、って言うしね…」なんて諦め半分だ。
最初はフードを取るのも恥ずかしそうにしていたが、今ではすっかり慣れて、猫耳をぴるぴると動かしている。




それよりも俺は、確かめたいことがあった。
真横に座る緑川をちらりと横目で見る。

「…あのさ、すごく気になることがあるんだけど」

「うん、何?」

「緑川の頭に猫耳が生えたのは見て分かるんだけど、……しっぽは?」

「……っ!?」

俺が「しっぽ」という単語を出したとたん大きく揺れる肩を見て確信した。

これは………、生えている。


「もし生えてるんなら、見せて欲しいなぁ?何か分かるかもしれないし」

「…はぁ!?ししし、しっぽなんて生えてないし!何言ってるの!?それにオレのしっぽなんか見て何が分かるんだよ!!?」

「……ものは試しだと思って!」

俺がにっこりと笑って緑川ににじり寄ると背中を反らして逃げられる。

「何の試しだよ!絶対見ても何も分からないから!やめろ!触るなぁ!!」


お尻を庇うように逃げるものの、俺が上手く壁ぎわまで追い詰めると緑川は全身を丸めて縮こまってしまった。
まるで耳だけでなく、全身猫になったようだ。


「…そんなに怯えなくてもいいんじゃない?」

若干涙目の緑川にぞくりとした感覚を覚えながら、猫耳がピクリと動くのを見下ろす。


「そんな良い笑顔で迫ってこられたら誰だって警戒する………っんん!!?」


どうしても我慢ができなくなって、思い切り緑川の口を塞ぐ。

「…んーーっ!……っは、ふぅ……ん」

空気を取り込むために開いた口から舌を侵入させ、くちゅりと口内を一周。
緑川の舌がいつもよりざらざらしているのは猫耳の所為なのかよく分からないけど、その感触が新鮮で気持ち良くて、緑川が俺の胸元をドンッと叩くまでじっくりキスを堪能してしまっていた。



………しまった、やり過ぎた…?
怒ってるだろうなぁ…、と思いつつ、後ろめたい気持ちで息を切らせている緑川を見ると、案の定膨れっ面の顔と鉢合わせる。


「…………ヒロトのばか」

「……いや、本能には逆らえなかったというか我慢できなかったというか………………あ」

「……?」

「…消えてる」

「何が?」

「耳が」

「………っ!?」


反射的に緑川が両手を頭の上へ乗せる。
ついさっきまでモフモフと頭の上で猫を型どっていたものが跡形もなく消えている。

「…な、ない!消えてる!!!うわああああよかったぁ〜!」

「うん、よかったね」


万歳をして満面の笑みを綻ばせながら喜ぶ緑川はやっぱりすごく可愛い。

「…でも、どうして急に元に戻ったんだろ?時間切れ??」

「もちろんそれは、俺のお陰じゃない?」

「……?どういうこと…?」


怪訝そうにこちらを見る緑川を見る限り、これは本当に分かってなさそうだ。
まぁ、俺のお陰っていうのは後付けのようなものなんだけど。


「どんなに不可思議で強力な魔法もね、王子様のキスに適うものはないんだよ」

俺がそう言うと、緑川は一瞬ポカンとしたけど、すぐに我に返って顔を真っ赤に染めた。


「ば…ばっかじゃないの!?そ、そんなことある訳ないだろ!!?」

「ふふふ〜、それはどうでしょう?」


本当にキスで元に戻ったのかと言われると、そんなの知らないけど、からかえばからかうほど顔を真っ赤にして怒る緑川がおかしくてつい余計な事まで言ってしまう。

「……さて、緑川。耳は消えたけど尻尾は消えた?」


ベッドに押し倒して至近距離で尋ねれば、はっと目を見開いて両手をお尻に当てている緑川。



「…やっぱりあったんだ、しっぽ」

「〜っ、うるさい…」

「ちゃんと消えてるか俺が確かめてあげる」

「…いや、いいです。もう元に戻ったのでオレ部屋に帰るから。ごめんな、寝てるのに起こしちゃって」

「いやいや、何言ってるの。もしかして、タダで帰れると思ってる?魔法を解いた王子様は最後、お姫様と結婚するんだよ」



「このロマンチストめ…」と恨めしそうにこちらを見る緑川を丸め込んで、布団を被る。
緑川を抱き締めているせいでいつもの倍は温かい。それに寝ていたところを起こされたので、容赦なく襲ってくる睡魔。


こうして、勿体ないことに俺はすぐに意識を手放してしまったのだった。






end

――――――――――

みみ様すみません!
えい子にはこんな陳腐な妄想しかできませんでした…!
猫耳緑川、書いてて新鮮でした!







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -