ガタンゴトン。
揺れる車内には俺と緑川だけが乗っていた。

何故俺たちが電車に乗っているのか。
それは、今日の夕方にまでさかのぼる。













本日のイナズマジャパンとしての練習が終わり、一息ついていると、聞き慣れた声が俺を呼んだ。


「ヒロトー!この後ひま?河川敷に行って自主練したいんだけど…」

萌黄色のポニーテールを揺らし、笑顔を振りまく緑川は、ついさっきまで厳しい練習をやっていたとは思えないくらい爽やかだった。

けど、元気なのは最初だけで、後から疲れが出てくるタイプだからなぁ…、緑川は。


しかも、もうすぐ日が沈む時間だ。
彼は僅かな光しかない河川敷で練習するというのだろうか。
俺が「今から自主練して明日に響いても知らないよ?」と意地悪く言えば、「大丈夫!明日は練習午後からだろ?」と返される。
…俺としては練習中に倒れられたりしたら気が気じゃないので、今日はなるべく休んで欲しかったのだけど。



結局、緑川に押し切られる形で夕食後に河川敷へ行く事になってしまった。
なんでグラウンドで練習しないのかって?
勿論俺だって聞いたさ。そしたら緑川いわく。

「グラウンドで練習してたらみんなに特訓してるのバレちゃうだろ!?」

……だそうだ。
俺にはバレてもいいってことなんだろうか、これは。




とにかく、夕食を食べて他の皆がまったりしている時間に俺たちはそっと合宿所を抜け出した。
そして、河川敷に向かったまでは良かったのだけれど。

ここで問題が起こってしまった。






河川敷は高校生か大学生くらいの人達がサッカーをしていて、使えなかったのだ。

「ここまで来ておいて練習できないなんて…!」

隣にいた緑川はそう呟くやいなや、くるりと後ろを向いてずんずん歩いて行ってしまった。
あれ?そっちは合宿所に帰る方向とは逆なんですけど…、緑川?







俺はただ、緑川の後に着いて行くしかなくて、気付けば駅まで歩いて、電車に乗って3駅ほど行ったところにある、大きな空き地に到着していた。



「緑川…、ここは……」

「へへ、ちょっと遠いけどさ、オレの秘密の特訓場〜」


そう言って笑う緑川の背中越しでは、夜でも光々と闇を照らしている大きな照明設備が目に入った。
思わず「すごいね…」と感嘆の言葉を漏らすと緑川は嬉しそうに微笑む。








そこから後は、とにかくずっと緑川の特訓に付き合って、ダッシュを何十本もやったりドリブルやシュート練習、マンツーマンでのフェイント練習を重点的に何度も動きを確かめた。
緑川が「もう少しで何か掴めそうなんだ」と嬉しそうに言うもんだから、俺もついつい本気になって、みっちり特訓をしてしまった。本当は適当なところで切り上げて、早く緑川を休ませたかったんだけどね。



体力もそろそろ限界になってきて、漸くどちらからともなく「帰ろうか」という言葉が呟かれる。
携帯を開くと、時計は10時前を指していて中学生が出歩くには流石にヤバイかな…と感じた。隣で汗を拭いていた緑川も同じことを思ったらしく、「やば…」と言って慌てて荷物をまとめている。


早く帰らねば。
ただでさえ、ここはいつもの場所よりも遠いのだから。
















―――…ッガタン。


大きな揺れにハッと意識を覚醒させる。
今日1日を振り返っていたつもりが、いつの間にかうとうとしていたらしい。駄目だ、俺まで寝てしまったら確実に目的の駅で降りられない。

隣で俺の肩にもたれかかりながら眠る緑川を見遣ると、規則的な呼吸を繰り返し、熟睡していた。
サッカーボールが入っているエナメルバックを両手に抱え、器用に眠るその姿をいつまでも見ていたかったけど、窓の外に見知った風景を見つけて、思い直す。


相変わらず、俺たちが乗っている車両には誰一人乗っていないし、乗ってこない。



「緑川、もうすぐ着くから起きて」
「…ん――…」

耳元でそっと囁くと、緑川はくすぐったそうに身じろぎして、ゆっくりと瞼を上げた。
きっとまだ眠いのだろう。せっかく上げた瞼は今にも閉じられそうで、緑川は俺の肩にもたれかかったまま、ゆっくりとこちらを見上げてきたのだ。
そう、俗に言う「上目遣い」ってやつで。


それがあまりにも可愛かったもんだから。
いや、緑川はいつも可愛いんだけどね?

夢見心地な緑川を見て、ちょっとした悪戯心が湧いてきた。
再び耳元に口を近付ける。



「…ね、緑川。この車両さ、今誰も乗ってないんだけど」
「ん――…」

「もう少しだけくっついててもいいかな?」
「ん――…」

「手、繋いでもいい?」
「ん――…」


未だに微睡みの中にいる緑川はきっと俺の言葉が右から左へと通り抜けているのだろう。
いつもなら赤面するような事を言っても全く動じていない。

…だったら。
もう少し調子に乗ってもいいだろうか。



「……じゃあ最後に、」

ぴったりとくっついた肩と肩を更に寄せ合って、下から顔を覗き込むように彼を見れば、ちょうど瞼が閉じられようとしているところだった。
駄目だよ、緑川。


「…キス、してもいい?」
「ん――…」



俺の前でその顔は、反則だよ。









誤解するけど、いい?


(ちょっ…、ほんと何してんだよ!よ、よよよりによって電車の中とか…!)

(だって緑川、俺が何言っても起きなかったから)

(だからってなぁ!!!)













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